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草原の「赤い食べ物(オラーン・イデー)」と「白い食べ物(ツァガーン・イデー)」

中田 裕子

龍谷大学農学部 准教授

草原の「赤い食べ物(オラーン・イデー)」と「白い食べ物(ツァガーン・イデー)」

中田 裕子

龍谷大学農学部 准教授

モンゴルといえば、みなさん、どんなものを想像されますか?やはり、雄大な草原とそこでのびのびと草を喰(は)む家畜たちの群れでしょうか?

モンゴルにおいて、遊牧民の食事は馬、牛、羊、山羊、ラクダの五畜と呼ばれる家畜から得られる肉と乳が中心です。肉製品を「赤い食べ物(オラーン・イデー)」、乳製品を「白い食べ物(ツァガーン・イデー)」と呼び、彼らの食卓には欠かせないものとなっています。

ここでは、少しだけ遊牧民の食文化の魅力を紹介させていただきたいと思います。

草原の「赤い食べ物」と遊牧民の伝統 

モンゴルの食事では、「赤い食べ物」と呼ばれる肉製品が絶対に欠かせないものといえます。わたしは2004年の夏に初めてモンゴルに行きましたが、その際、食される肉製品の多さに驚いたことを覚えています。 

羊の肉を塊のままシンプルな味付けで火を通して食べるのもおいしいですが、みじん切りにして小麦粉で作った皮に包んで蒸し上げる「ボーズ」、それを平たくして油で揚げた「ホーショール」などもモンゴルを代表する郷土料理ではないでしょうか。



ゲルの中でのボーズ作り

本当にモンゴルの人たちは肉が大好きで、家畜の食することができる部分のすべてを大切に食します。

わたしは羊の解体現場には何回か立ち会ったことがありますが、モンゴルの人たちは決して大地に家畜の血を流したりしません。ヒツジの胸元に切り込みを入れ、手で心臓近くの太い血管を切るそうです。残酷かもしれませんが、この方法が最も家畜を苦しめずに絶命させることができ、血液も体内にためることができるそうです。

遊牧民にとって家畜は貴重な財産ですから、内臓も血もきちんと大切に調理し、余すところなく食べるのです。ちなみに血液は細かく刻んだ内臓などと一緒に腸に詰めて、ソーセージのようにして食べることが多いようです。

このように、モンゴルの遊牧民が家畜の命をいただく際には、最大限の敬意をはらいます。その姿を目にするたびに、わたしは遊牧民に対して畏敬の念を抱き、彼らが育んできた伝統と歴史の重さを知りたいからこそ、これまで研究を続けてこれたのだなあと初心に帰ることができるのです。



羊の解体風景

モンゴルにはない?「ジンギスカン鍋」

不思議なことにモンゴルでは、日本で食べられている「ジンギスカン鍋」のような焼肉料理は一般的ではないようです。この「ジンギスカン鍋」は北海道を代表する郷土料理ともいえるでしょうか。

どうやら、第一次世界大戦時に輸入できなくなった羊毛を日本で産出しようと羊の飼育が盛んになり、それとともに羊肉の調理法として、中国での調理方法を参考に「ジンギスカン鍋」が生み出されたようです。羊から遊牧を連想し、遊牧民の王の代表ともいえる「ジンギスカン」の名前がつけられたのかもしれませんね。

また、現代の日本において羊肉が苦手という人は多いのではないでしょうか。これは、羊肉の保存の難しさにあります。幸いなことに、わたしがはじめて本格的に羊料理をいただいたのがモンゴルの草原なので、解体したばかりの羊肉には一切の臭みがなく、そして、なにより肉の味が濃いのです。こんなにおいしい肉は食べたことがないと、骨付きの肉にかぶりついておりました。

       
解体された羊の肉         腸を洗浄中


日本では、国産の羊肉だけではおいつかず輸入に頼ることが多いため、細菌の繁殖などが臭みの原因になると考えられています。

とはいえ、近年の保存技術は格段に進歩しておりますので、わたしは日本で食べる羊肉も大好きです。ぜひ、モンゴルでも日本でも羊肉をたくさんの人に食べてほしいです。

モンゴルのミルクティー「スーテーツァイ」

ここでは、モンゴルの「白い食べ物」と言われる乳製品の代表「スーテーツァイ」をご紹介したいと思います。モンゴル語でスーは乳、チャイはお茶を意味します。テーは「~入りの」と訳すのがふさわしいしょうか。日本では「乳茶」と訳されることが多いようですね。

わたしはモンゴルの乳製品の中で、このスーテーツァイがなによりも大好きで、日本にあれば、おそらく毎日飲んでいると思います。

作り方は鍋にお湯をわかして茶葉を入れ煮出し、そこに生乳と少々の塩を入れるそうです。モンゴルでの現地調査は、どうしてもテント泊となることが多いのですが、夏でも朝方は冷え込みます。この原稿を執筆している少し前、2024年9月にもモンゴルの少し北の方で野営をしました。朝7時頃に起床したのですが、もやが立ちこめ非常に冷え込んでおり、テントの外の気温は6度でした。お昼は30度ぐらいまで気温が上がりますので、やはりこの温度差はなかなか骨身に応えます。

そんなとき、発掘現場で働いているコックさんが朝ご飯とともに出してくれるスーテーツァイを飲むと体の芯からぽかぽか暖まり、やっと目が覚めてくるのです。そんな瞬間、遊牧民の食の中にある伝統を感じ、日本で歴史史料だけを読んでいてはわからない、フィールドワークで得られるリアリティの重さを実感しています。



モンゴルの山脈にかかる虹

馬乳からできるお酒・アイラグとシミン・アルヒ

モンゴルでも世界中どこでも、宴会に欠かせないのがやっぱりお酒ですね。
草原では、馬の乳からつくられるアイラグや蒸留酒であるシミン・アルヒが好まれます。特にアイラグはお客様を迎えるときには絶対に振る舞われる、遊牧民の人々も大好きなお酒です。



アイラグ


ただ、これらの馬乳由来のお酒は旅行者には手に入りにくく、ツァガーン・アルヒと呼ばれる小麦、大麦由来のものがスーパーでは売られています。こちらのお酒もよく飲まれています。

もし、みなさんがモンゴルなどの草原に出られることがあれば、ぜひ、遊牧民の家庭を訪れ、ともにアルヒなどの酒を酌み交わしてみてください。

美しい満天の星空の下で飲むアルヒは格別で、わたしも今年は晴天に恵まれ、北斗七星や織姫様、彦星様としておなじみのベガやアルタイル、そして、何より日本では見ることができないたくさんの流れ星を眺めながら、野営地に建てたテントのそばで、おいしいお酒に舌づつみを打っていました。

ただ、このツァガーン・アルヒ、口当たりがよくするすると飲めてしまうのですが、アルコール度数は40%を超えるものがほとんどです。くれぐれも、飲み過ぎには気をつけてくださいね。