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【対談】やなせたかし『あんぱんまん』『それいけ!アンパンマン』-アンパンマンは「菩薩」?

生駒 幸子

龍谷大学短期大学部准教授、博士(人間科学)

【対談】やなせたかし『あんぱんまん』『それいけ!アンパンマン』-アンパンマンは「菩薩」?

生駒 幸子

龍谷大学短期大学部准教授、博士(人間科学)

龍谷大学短期大学部こども教育学科で准教授を務める生駒幸子先生に、「絵本と食べ物」をテーマにお話を伺う連載企画。今回は、短期大学部社会福祉学科の佐々木大悟教授との対談をお送りします。テーマは、ドラマでも話題となったやなせたかしさんの代表作『あんぱんまん』。児童文学者と仏教研究者は、この絵本をどのように読み解くのでしょうか。

<書籍データ>
あんぱんまん
作:やなせたかし
出版社:フレーベル館
出版年:1973年

それいけ!アンパンマン
作:やなせたかし
出版社:フレーベル館
出版年:1975年

<あらすじ>
ジャムおじさんが作ったアンパンのヒーロー「あんぱんまん」。空腹で倒れかけている旅人に、また森の中で迷ってしまった子どもに自分の顔を食べさせて助けます。
幅広い年代に愛され続ける元祖日本のヒーローのおはなしです。

和菓子に欠かせないあんこに自己犠牲の精神…、極めて「日本的」なヒーロー

佐々木先生:私がアンパンマンをテーマに選んだ背景には、私自身の「あんパン」への強い思いがあるんです。私は福井県にあるお寺の家に育ちまして、祖母がお茶の先生だったため、家にはお供えのお下がりやお茶菓子としてたくさんのあんこ菓子があったんです。正直なところ、洋菓子とか駄菓子的なものが食べたかった(笑)。そんな幼少期の私にとって、「あんパン」といえばあんこが入った残念なパン…。「洋風なパンになぜあんこを入れるのだろう」と疑問を抱くほどでした。

生駒先生:あんこ漬けの環境だったんですね。そんな佐々木先生の環境におられたのなら、洋菓子や駄菓子などに憧れを抱くのは自然なことですね。

佐々木先生: そうなんです。でも、その感情は大人になって一変しまして。昔は敬遠気味だった和のものが、実は健康的で良いものだったと気づいたんです。この健康的思考への変化を経て「アンパンこそが実に日本人を表すような、日本文化の全てが詰まったパンだ」という認識に変わっていったわけなんです。

生駒先生:なるほど。

佐々木先生: はい。そんな私にとって、幼少期に読んだアンパンマンの「身を切って人を助ける」という自己犠牲の姿勢は、他のヒーローの記憶が薄れる中で強く印象に残っていました。今回ご紹介する絵本『あんぱんまん』の「あとがき」でやなせさんは、他のスーパーマンやヒーローに対して違和感を抱いていたことを記しています。彼らはどれだけ大格闘しても、着ているものが破れない、汚れない。そのために誰と戦っているのか、よくわからない、と。この根源的な「人助け」はどこから来ているのだろうという考察をしたくなって、『あんぱんまん』『それいけ!アンパンマン』の2冊を選びました。

生駒先生:アンパンマンは、アニメ化されてからの強すぎるキャラクターイメージや、商業主義に乗ったと見られる側面から読書運動においては少し敬遠される対象だったような気がしていました。でも、今回やなせさんの生涯や資料を深く調べてみて、この作品に対するこれまでの見方が私自身の偏見であったと痛感しました。

佐々木先生: そうだったんですね。

生駒先生: はい。特に、やなせさんの戦争体験が、この作品の根幹に深く関わっていることを知ると、一気に視界が開けましたね。

作者の原体験「空腹」が教えた究極の愛

生駒先生:アンパンマンの最大の特徴である「顔を食べさせる」という行為の背景には、作者のやなせたかしさんが経験した 苛烈な戦争体験があります。やなせさんは、戦争中に「ひもじさ」を経験しました。彼はその時、空腹の苦痛は肉体的苦痛と比べ物にならないほど耐え難く、飢えることの苦しさを初めて知ったといいます。

佐々木先生: 肉体的な苦痛より、空腹の方が耐え難い、と。

生駒先生: そうなんです。彼は、「食べるものがないと、体だけでなく心も惨めになり、精神が削られ、気力がなくなってしまう。飢えが人間の尊厳を奪う」と心の底から実感しました。肉体的な苦痛は慣れることができても、空腹には決して慣れることができません。食べるものがないと、人格さえ変わってしまうような恐ろしい面が出てしまう。この極限の飢餓の記憶があるからこそ、「お腹を空かせた子がいれば、自分の顔を食べさせてあげる」という、究極の愛の行為につながっていると私は思います。

佐々木先生: なるほど。だからこそ、自分の体の一部を、最も必要な「食」として与えるという、他に類を見ないヒーローが生まれたのですね。

生駒先生: まさにそうですね。やなせさんは言います。「本当の正義というものは、決して格好のいいものではないし、必ず自分も傷つく、深く傷つくものです」と。そして、「献身の心なくしては、正義は行えません」と。顔を差し出すという行為は、自己の犠牲をもって他者を救済するヒーローを創造した、やなせさんの哲学の具現化なのではないでしょうか。

やなせたかしが描く「自己犠牲」の源泉とは

生駒先生:アンパンマンの献身の精神は、やなせさんの幼少期の体験とも深く結びついています。やなせさんの生い立ちは、父を早く亡くし、母の再婚でおじさん、おばさんの家に預けられるという、 少し複雑な環境でした。おじさん宅では弟は養子でしたが、自分は「居候」のような境遇だったと言います。そのため、青春時代は「暗黒時代だった」とおっしゃっていたそうです。

佐々木先生: そういった厳しい環境が、あの精神性の源泉になっているのですね。

生駒先生: はい。でも、そのおじさんとおばさんには「すごく大事にしてくださった」記憶があり、また戦地で5年間過ごしたりする中で、ピンチのときに誰かに助けてもらえた経験があったようです。ある幼児教育の専門家が「人は愛されたようにしか人を愛することができない」と仰っていました。決してこの言葉は親からの愛という限定的なものではなく、愛を受けた本人にとって誰かから 「大切にされた。愛してもらった」という体験があったからこそ、 他者への愛としてアウトプットできるという意味です。やなせさんもそんな思いを抱いていたのではないでしょうか。

佐々木先生: 本当におっしゃる通り。自分が受けた愛を、次の誰かに渡す、という。

生駒先生: そうですね。やなせさんは、ご自身の経験を振り返り、「なんかもうダメだっていう時に、必ず僕には手が差し伸べられる」と語っています。この、自分が受けた「愛」や「助け」の体験が、彼の中に「かならず僕には手が差し伸べられる」という信頼となり、苦難にさらされた他者に手を差し伸べるアンパンマンというキャラクターに昇華されたのではないでしょうか。

仏教の視点-「菩薩」モデルに共通する精神

佐々木先生: アンパンマンの自己犠牲の精神は、仏教が説く「利他(りた)」の精神と深く通じています。紀元前後に大乗仏教が登場した際、「自利利他(じりりた)」がキャッチフレーズの一つになりました。これは、自分自身を悟らせる「自利」と、他人を悟らせる「利他」を両立させる教えです。菩薩は、この「利他」を強調した新たな修業者として定義されました。

生駒先生: そう聞くと、アンパンマンは菩薩のようにも感じられます。

佐々木先生: そうなんです。アンパンマンが自らの顔を削る行為は、お釈迦様の前世の物語である「ジャータカ物語」に酷似しています。例えば、「兎本生(うさぎほんじょう)」という物語は、仙人の飢えを救うため、ウサギが自ら火に飛び込んで肉を施そうとします。もう一つ、「尸毘王本生譚(しびおうほんじょうたん)」という物語があります。鷹に追われた鳩を救うため、尸毘王(しびおう)が自分の肉を切り、鳩の体重と同じ重さになるまで肉を与え続けるという話です。尸毘王がどれだけ自らの肉を切っても鳩と同じ重さにならないという描写は、アンパンマンが顔を失い、ボロボロになっても戦い続ける姿と、精神的に共通するものを感じさせます。

生駒先生: ああ、確かに似てますね!

佐々木先生: そうなんです。身代わりとなって苦難を受ける「身代わり地蔵」も、この利他の精神を体現しています。さらに、現代の日本のヒーロー、例えば『ドラゴンボール』の孫悟空も、自分自身のためではなく、クリリンなど仲間を助ける時にこそパフォーマンスが向上します。この他者救済の姿勢も、菩薩の精神に通じているのではないでしょうか。

悪役バイキンマンの存在理由と作品の革新性

佐々木先生:今回ご紹介する絵本には登場しませんが、悪役で有名なバイキンマンの存在も、この作品の哲学の深さを示しています。バイキンマンは悪の役割ですが、アンパンマンは彼を完全に抹殺しません。二人はどこか依存し合っている関係として描かれています。

生駒先生: そう、共存ですよね。バイキンマンはアンパンマンに毎回倒されて「バイバイキーン」と去りますが、決して滅びることなく、また悪さをします。 人間の中に悪を排除しきれないという本質があるのと同じように、アンパンマンの世界では、悪は永遠に存在し、主人公はそれと向き合い続けます。

佐々木先生: これは、悪との共存という現実の写し鏡だと考えると、たいへん哲学的です。

生駒先生: 本当に、奥が深いですよね。アンパンマンは、1973年に絵本として誕生し、その後にアニメ化、新キャラクターの登場、ミュージカル化と、現代のメディアミックスの先駆けのような展開を見せました。商業主義だと敬遠する声もありましたが、「絵本発」でありながら時代とともに形を変え、自分の身を犠牲にしてでも他者を救うという、根源的な「利他」の精神を、日本中に、そして世界中に伝えつづけているのです。

佐々木先生: アンパンマンは、日本の精神性を表す最高の「あんパン」です。それは、極限の空腹を知るやなせさんの愛と、利他の精神が詰まった、まさに「日本のヒーローの象徴」のように心から思います。

【参考文献】
・梯 久美子 『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』文藝春秋、2025年
・フレーベル館HP:アンパンマンとフレーベル館
https://www.froebel-kan.co.jp/company/anpanman
・入澤崇『ジャータカ物語』本願寺出版社、2019年
・六度集経研究会訳『全訳六度集経』法蔵館、2021年
・四夷法顕「仏教から読み解くアンパンマン〜浄土真宗の視点を中心に」『りゅうこくブックス138 今ここの苦によりそう』2024年

 

[今回の対談者]
佐々木大悟(ささき・だいご)
龍谷大学短期大学部社会福祉学科教授。博士(文学)。

専門は真宗学、浄土教理史。特に『無量寿経』など浄土経典の漢訳や思想形成、親鸞の伝記に関する文献学的研究を行う。 龍谷大学の建学の精神である浄土真宗の思想に基づき、福祉を志す学生たちの人間形成や、宗教的情操を育む教育・研究を担っている。