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HEALTH 2019.12.11 塩尻 かおり

ハチミツの味、香り、好みの関係

味を決定するもの

■7つの味覚
「おいしい」という味覚は舌にある受容体で感じるが、人の場合、甘味・酸味・苦味・渋味・塩味・辛味に、最近追加されたうま味を加えた7つだけである。一般においしいものを示す甘味、うま味、塩味は体に良いものを示し、それ以外の4つのおいしくない味覚は、体に良くないかもしれないという指標だということは、味覚の進化を考えるととても興味深い。それはさておき、ハチミツの味を特徴づける味覚はなんだろうか。まず甘味だが、その原料は花蜜や甘露などに含まれるショ糖などである。ミツバチは一回の採餌飛行で約40μℓの花蜜を蜜胃に入れて持ち帰ると言われる1)。巣まで運ばれた花蜜は、貯蔵係のミツバチに受け渡され、下咽頭腺から分泌される酵素によってグルコースやフルクトースなどに分解され、水分量が約20%まで濃縮されたハチミツとして貯蔵される2)。花の種類によって、ハチミツに含まれるフルクトース、スクロースの成分比は異なり、糖の種類によって甘みの感じやすさも異なる。ほかの酸味、渋味、苦味など、ハチミツの味はハチミツ中の有機酸やミネラル分によって特徴づけられると考えられている。

■香りと味覚の関係
この7つの味覚だけで、千差万別な味の違いは表現できるのだろうか。人が感じる味には、特に口に入れる前後に、嗅覚の受容体が感じる香り成分が重要な役目を担っている。たとえば、風邪をひいて鼻が利かなくなったとき、「味がしない」という経験があるだろう。あるいは、鼻をつまんでハチミツを食べると、単に甘い砂糖シロップのように感じると思う。つまり、ハチミツに含まれるさまざまな香り成分が、ハチミツの味の違いを生み出していると言える。Deneulinらは、ハチミツの官能評価項目として29項目を挙げているが、色や物性で8項目、味で5項目であるのに対し、香りが16項目と半分以上を占めていることからも、香りの重要性がうかがえる3)。本稿では、ハチミツの「香り」にフォーカスして、ハチミツの味の違いを考えてみたい。

ハチミツの香りの違いを生み出すもの

■花の香りによる違い
もっとも直観的に思いつき、また実際に体感できるのは、蜜源植物による違いであろう。植物の種類によってハチミツの香り成分が異なることは、いくつかの研究で明らかにされている4)5)。たとえば、ひまわり、クローバー、アルファルファー、キャロブ(イナゴマメ)、マメ科樹木Prosopis caldeniaの5種の植物から採れたハチミツの香りを、固相マイクロ抽出(Solid-phase microextraction:SPME)で捕集し分析すると、植物種によって香りが異なる6)。このような香り成分の違いの一部は、植物の香りに起因する。たとえば、ハチミツの香りからは、植物のエッセンシャルオイルに含まれるテルペン化合物が検出される。また、ラベンダーの花や種から抽出されるエッセンシャルオイルに含まれるリナロールや1,8-シネオールは、ラベンダーハチミツの香りにも含まれている7)。さらに、シトラスのハチミツからは、4つのシトラス類(レモン、オレンジ、サワーオレンジ、タンジェリン)の花から抽出されるリナロールが検出されるし8)、リンゴハチミツからはリンゴの花の香りがする9)。花蜜の香りはあまりハチミツの香りには影響がなく、花から出ている香りの方がハチミツの香りに反映されるという報告もある10)。

■蜂の種類による違い
ミツバチの種類によっても、ハチミツの味が異なると言われる。セイヨウミツバチを用いた近代養蜂では、蜜源植物の開花期に合わせて短期的に採蜜する単花蜜が多く、ニホンミツバチは一般的に年に数回しか採蜜しない百花蜜が多い。このような採蜜方法なども、ミツバチ種による味の違いの印象をもたらしている要因であると考えられる。しかし、同じ場所で摂れた百花蜜でも、ニホンミツバチとセイヨウミツバチでは風味が異なり、ニホンミツバチのハチミツはコクがあるけどさっぱりしている、などと表現されたりする。このような違いは、ニホンミツバチがさまざまな花の蜜を集める傾向があるのに対し、セイヨウミツバチは同じ主要蜜源から蜜を集めるという訪花行動の違い11)も影響していると考えられる。単花蜜と百花蜜の違い、ミツバチの採餌特性の違いによる味の違いは、どちらも花の違いが反映されていると言える。一方、同じ花蜜を原料としたハチミツでも、蜂の種類によって成分が異なることが報告されている。たとえば、同じ地域で同じ花の蜜を集めている同族のハリナシバチでも、種が違えばハチミツの香りが異なることが明らかになっている12)。同じ花蜜を原料にしながら、ミツバチの種によって香りや味が異なるとすれば、巣に持ち帰るまでの間に何か違いが生じるか、巣に貯蔵する際の過程で違いが生じると考えられる。リンデンの花蜜を集めたセイヨウミツバチの胃の中の成分を調べると、脂肪性成分、イソプレノイド、アルカロイド類は花蜜と同じだったが、花蜜にはないモノテルペン化合物が含まれていた13)。また、ハッカ族の蜜を集めてきたミツバチの胃の中にも、花蜜とは異なる香り成分が含まれていることが報告されている14)。このような成分がミツバチに由来するものだとすると、ミツバチの種類によってハチミツ中の成分が異なるのもうなずける。また、糖を分解する酵素類についていくつか明らかになってきているが15)16)、このようなミツバチの持つ酵素の違いによってハチミツの香りに違いが生じるかどうかは、まだ研究が十分に進んでいない。

■保存状態や加熱の影響
養蜂家は経験に基づき、どのような状態でハチミツを保存すべきかを知っているが、科学的にも温度や湿度や保存期間によって、ハチミツの香りが変化することが分かっている17)18)。加熱や長期間の保存は、メイラード反応(還元糖とアミノ化合物を加熱したときに見られる反応)による褐色物質の生成だけでなく香気成分も生成し、ストレッカー反応(アルデヒドまたはケトンとアンモニア、シアン化水素による反応)によってアミノ酸が生み出される。ハチミツの主な香り成分は、アルデヒド、ケトン、酸、アルコール、炭化水素、テルペン、ベンゼン系、ノルイソプレノイド、それらの派生物質であるフラン・ピラン誘導体であるが18)、アルデヒドやフラン・ピラン誘導体は、保存期間や温度条件に影響を受けることが分かっている19)20)。

写真1:官能試験のために用紙したハチミツ

感じ方の違い

■おいしさ
一般に、日本人はあっさりした味のハチミツを好むのに対し、フランスなどではクリやソバなど、癖の強いハチミツが好まれる。ハチミツは花の種類やハチの種類、保存方法などでその成分が異なるが、それを食べる人間側がどんな味をおいしいと感じるかという観点でも地域差があり、そこにはさまざまな要因が影響している。1992~93年、カリフォルニア州立大学デービス校で行われたハチミツの好み試験では、2年連続でBlack Button Sageのハチミツが人気であり、統計的には有意ではないものの年齢によって好みの違いが見られた21)。年齢によって嗜好性が異なることは非常に興味深い。というのも、最近の研究で、人が「これ、おいしい! これ、好き!」と思うのは、4つの要因から成ることが明らかになっている22)23)。一つは「恒常性維持に寄与する嗜好性」と言われるもので、平たく言えば、生物が生命維持のために必用不可欠なものを本能的に好む、ということだ。2つめは、「やみつきの欲求による嗜好性」で、油脂や糖分など生命維持に必要な量を超えても欲しくなるもので、スイーツやラーメンなどだろうか。3つめの「食べ慣れによる嗜好性」は、文化や経験によって親しんだものを好む傾向のことで、4つめの「情報による嗜好性」は、食べる前に与えられる情報、たとえばネットでの評判、ラッピングや形などの視覚情報に影響される好みである。年代によるハチミツの好みの差は、被験者が経験してきた時代(3つめ)や、年齢によって体が必要とするものの違い(1つめ)などが影響しているのかもしれない。また、国によって好みの傾向が分かれるのは、食べ慣れによる嗜好性(3つめ)が強く働いているように見える。あなたがハチミツを味わうとき、もしインスタ映えするきれいなビンに入っていたり、健康に良いとか希少価値が高いと聞いていたら、あなたの味覚はこれらの情報に知らず知らずのうちに影響を受けているかもしれない。

おわりに

ハチミツの味はその香りに強く影響を受け、ハチミツの香りは、花・ハチ・保存方法によって影響を受ける。花の香りとその単花蜜の香りの関係性は、いくつかの特徴的な花でしか明らかにされていない10)。現在、私たちは、花の香りとハチミツの香りの関係、ハチミツの保存方法による香り成分の変化を調べている(写真1)。今後、多くの花の香りとそのハチミツの香りの比較を行うことで、ハチミツの蜜源を特定する方法(Finger print)や基準が確立できる可能性がある。さらに私たちは、ハチミツの情報を与えるグループと与えないグループで官能試験を行うなど、人の味覚や好みに関する研究も進めている。まだ途中段階であるが、情報の有無で好みや官能評価が異なることが明らかになりつつある。ハチミツの好みに関する地域差や年齢差を、そのハチミツの香りから説明できれば、どのような香りを持つハチミツがどんな消費者層に売れるのかといったハチミツの販売戦略にも活かせるかもしれない。花の香りに対する人の好みや効用については、アロマテラピーとして多くの人に活用されている。花の香りとハチミツの香り、そして人の味覚や好みに関する我々の研究が、ハチミツの科学的評価基準の礎となり、人々の生活を豊かにし、健康を保つことにつながれば幸いである。科学的根拠に基づいたハチミツソムリエやハチミツテラピーがやがて生まれる日も来るかもしれない、などと夢想しつつ本稿を閉めたいと思う。

引用文献 1)今井教孔,「ミツバチ科学」12, 107-110, 1991 2)中村純,「ミツバチ科学」22, 145-158, 2001 3)Deneulin P., et al., Food Research International, 106, 29-37, 2018 4)Overton S. V. et al., American Laboratory 26, 45, 1994 5)Bonvehi J. S. et al., Food Chemistry, 287, 214-221, 2019 6)Baroni M. V. et al., J. Agric. Food Chem. 54, 7235-7241,2006 7)Jerkovic I. et al., Royal Society of Chemistory, 4, 2014 8)Alissandrakis E. et al., Food Chemistry, 82, 575-582, 2003 9)Buchbauer G. et al., J. Agric. Food Chem. 41, 116-118, 1993 10)Giovanna Aronne M. G. et al., The Scientific World Journal, 2014 11)吉田忠晴,「ミツバチ科学」18, 165-174, 1997 12)da Costa A. C. V. et al., Food Research International, 105, 110-120, 2018 13)Naef R. et al., Chemistry & Biodiversity, 1, 1870-1879, 2004 14)Jerkovic I. et al., Molecules 15, 2911-2924, 2010 15)Wongchawalit J. et al., Biosci. Biotechnol. Biochem. 70, 2889-2898, 2006 16)Kaewmuangmoon J. et al., BMC Biotechnol., 13, 13, 2013 17)Kaskoniene V. et al., CRFSFS, 9, 620-634, 2010 18)Manyi-Loh C. E. et al., Int. J. Mol. Sci. 12, 9514-9532, 2011 19)Piasenzotto L. et al., J. Sci. Food Agric. 83, 1037-1044, 2003 20)Castro-Vazquez L. et al., Eur. Food Res. Technol. 235, 185-193, 2012 21)Chang P. C. et al., Agricultural Research, 1993 22)Nakamura R. et al., Biosci. Biotechnol. Biochem. 81, 1598-1606, 2017 23)Nakano K. et al., Biosci. Biotechnol. Biochem. 77, 1166-1170, 2013

出典:aromatopia, 特集:アピセラピーとミツバチの世界, フレグランスジャーナル社, No.156, 2019-10(https://www.fragrance-j.co.jp/book/b482051.html)

塩尻 かおり

しおじり かおり

龍谷大学農学部准教授、博士(農学)

北海道大学で生態学を学び、京都大学農学研究科へ。昆虫と植物の相互作用の研究で修士課程および博士課程(農学)を修了。京都大学白眉センターを経て、2015年4月、龍谷大学農学部植物生命科学科へ。
受賞歴=日本農学進歩賞・日本応用動物昆虫学会奨励賞・日本生態学会宮地賞・守田科学奨励賞・京都大学たちばな賞