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絵本と食べ物のおはなし⑥『300年まえから伝わる とびきりおいしいデザート』-絵本に描かれる多様性-

生駒 幸子

龍谷大学短期大学部准教授、博士(人間科学)

絵本と食べ物のおはなし⑥『300年まえから伝わる とびきりおいしいデザート』-絵本に描かれる多様性-

生駒 幸子

龍谷大学短期大学部准教授、博士(人間科学)

絵本には、子どもたちが大好きな食べ物がたくさん登場します。一度食べてみたいと幼心に感じた人も多いのではないでしょうか。絵本研究者で龍谷大学短期大学部こども教育学科の准教授を務める生駒幸子先生に、絵本と食べ物の切っても切れない関係を語っていただきます。

<書籍データ>
300年まえから伝わる とびきりおいしいデザート
文:エミリー・ジェンキンス
絵:ソフィー・ブラッコール
訳:横山 和江
出版社:あすなろ書房
出版年:2016年

<あらすじ>
フルーツと生クリーム、砂糖があればできるフルーツ・フール。なかでもポピュラーなブラックベリーで作るフルーツ・フールを、1710年から2010年の400年間を4つの時代にわけ、当時使われていた道具や人々の暮らしを交えて丁寧に描いた絵本。身近なデザートをきっかけに、人類の多様性についても考えさせられます。(絵本の最後には、ブラックベリー・フールの作り方も載っています!)

あたたかなタッチでおいしさまで伝わる素敵な絵本

これまで5冊の絵本をご紹介してきましたが、どれも長く読み継がれている古典的な作品ばかりでした。ですので、今回は比較的新しい2016年に出版された『300年まえから伝わる とびきりおいしいデザート』という絵本を取り上げてみたいと思います。

この絵本では、ヨーロッパで一番古くからあるといわれるフルーツ・フールというデザートを巡って、4つの時代、4つの場所で、どのようにして調理され、食べられてきたかが紹介されています。絵も曲線が多くあたたかな印象が伝わってきますね。その一方で、生クリームを攪拌(かくはん)するための道具は、時代ごとに細かく調べられ緻密に描かれています。「絵本は子どもが読むものだから、パパッと描けるだろう」という偏見はいまだに残っていますが、実際ひとつの作品を描くには、時代考証をしっかりと行い、絵に起こすために細かな部分まで知っておかなければいけません。ときには何年もかけて調べることもあるそうです。この絵本でも、道具はもちろん、建物や服装なども忠実に調べ上げてから描いたことがあとがきに記されています。作者のそうした苦労を知る度感動を覚えます。

時代を超えても変わらない、おいしいものへの思い

1710年、イギリス・ライムという町でブラックベリーを摘む親子の姿から物語は始まり、100年ごとに4つの時代・場所で、ブラックベリー・フールを作る姿が丁寧に描かれています。

まずはブラックベリーを手に入れる光景。次に道具の紹介。作っているプロセスが描かれた絵もわかりやすいですね。後片付けの場面では、ブラックベリー・フールを作った親子が、ボウルについた残りを指ですくって舐め、同じセリフを口にします。「わぁ、おいしいね。なんて、すてきな、あとかたづけ!」。調理の大変さや面白さを振り返りながら、甘いスイーツを食べて喜びを噛みしめる。時代が違っても、親子で楽しく料理をしたり同じものを食べたりするのはほんとうに幸せなこと。そうした普遍的な喜びが描かれているのがこの絵本ですが、実は他にも様々なメッセージが込められています。

絵本に描かれたもうひとつのメッセージとは

この絵本に出てくる4つの時代は、1番目は今から約300年前の1710年のイギリス、2番目は1810年のアメリカ・サウスカロライナ州、3番目は1910年のアメリカ・マサチューセッツ州、最後は現在のアメリカ・カリフォルニア州です。

たとえば2番目の1810年、アメリカ・サウスカロライナ州チャールストンという町で、奴隷として白人の家族が住む家の家事をする黒人の母と娘が、ブリキの泡立て器を使ってブラックベリー・フールを作っている場面です。できあがったフルーツ・フールは食卓に並べられますが、奴隷の親子は同じ食卓について一緒に食べることはできません。そこで親子はこっそりと物置に隠れて、指ですくったブラックベリー・フールを舐めます。ふたりはとても幸せそうな表情なのに、奴隷という彼女たちの身の上を考えてしまうと、読者の私は複雑な気持ちになります。作者のエミリー・ジェンキンスはあとがきに「本文できちんと説明するスペースがなかった」という心残りを記していますが、ソフィー・ブラッコールの絵に力があるため、説明文がなくても「人が人として尊ばれない」奴隷制度の悲しみや不条理が絵から十分に伝わってきます。

また、エミリー・ジェンキンスはあとがきでこのように綴っています。「並大抵ではない苦難と不条理がまかり通る日々の暮らしのなかにあっても、手作業によるもの作りやデザートに喜びを見いだす人々について描きたかった。なぜなら、喜びを見つけるのは人間の魂の強さを示すものだと思うからだ」。エミリー・ジェンキンスの信念ともいえるメッセージを、ソフィー・ブラッコールが丁寧にすくい取り昇華した結果、この素晴らしい絵本が誕生しました。

多様性を描いたもうひとつの絵本『漂流物』

もう1つ注目してほしいのが、4番目の時代。2010年の場面です。他の3つの場面ではお母さんと女の子がブラックベリー・フールを作っていましたが、今度はお父さんと男の子が、インターネットで作り方を調べながらスイーツ作りに挑戦しています。そして、テーブルには、人種や年齢、性別を超え、みんなが同じテーブルに座って美味しくブラックベリー・フールを食べるシーンが描かれて、嬉しい気持ちになります。時代の移り変わりのなかで価値観が変化してきていること、人種差別やジェンダーなどの人権問題への意識を子どもにも理解できる形で丁寧に語っています。

こうした多様性への理解をテーマにした絵本で、ぜひおすすめしたいのがデヴィッド・ウィーズナーという絵本作家が描いた『漂流物』(BL出版、2007年)という文字の無い絵本です。浜辺に打ち上げられた古いカメラを拾った少年。中に入っていたフィルムを現像してみると、そこには不思議なものや景色が写された写真がたくさんありました。そして最後の写真が、カメラを拾った撮影者の自撮り写真なのです。少年はその自撮り写真を拡大して、歴代のカメラを拾った子どもたちの姿を確かめます。生きた時代も国籍も人種も違う子どもたちがそのカメラを拾っては撮影し、また海に戻すことを繰り返してきたことを知り、少年は自分の写真を撮って、またカメラを海に戻します。とてもリアルで細かい描写で描かれた世界は、そこに一切の文字がないにもかかわらず、私たちに何かを語りかけてくるようで、読んでいる最中もワクワクした気持ちが止まりませんでした。カメラと海というモチーフを扱って、時代や国境を超えた心の交流、子どもの豊かな想像力を描いていて秀逸です。海はどこにでもつながっていて、写真は時代を超えて思いを共有できる。壮大なストーリーに圧倒されます。

『300年まえから伝わる とびきりおいしいデザート』も『漂流物』も、多様性という絵本で表現するのが大変難しいテーマにチャレンジした意欲作だといえます。誰もがそれぞれに持っている違いを認め合い、尊重し合って暮らすことの大切さをそっと伝えてくれる絵本です。