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離乳食からみえてくる世界のおもしろ食文化 第7回 イギリス発の新たな離乳食「BLW」 食の主導権を赤ちゃんに取り戻せ!(後編)

長谷川 とよ

フリーライター

離乳食からみえてくる世界のおもしろ食文化 第7回 イギリス発の新たな離乳食「BLW」 食の主導権を赤ちゃんに取り戻せ!(後編)

長谷川 とよ

フリーライター

“離乳食はスプーンで食べさせる”という思い込み

世界の離乳食シリーズ、第7回は前回に引き続きイギリス発祥の離乳食のメソッド『Baby-led Weaning』(略してBLW)についてお伝えします。
前編では、BLWの提唱者ジル・ラプレイの著書を参考にBLWの主な特徴をご紹介しました。BLWの基本は、「生後6ヶ月以降、赤ちゃんが自分で座れ、食べ物に興味を抱きはじめた時をスタートとして、赤ちゃん自身が手に持てる固形の食べ物(フィンガーフード)を持って自分で食べる」です。
BLWでは、時間を割いてピューレを作ったり、お粥を炊く必要はありません。離乳食は家族が食べるものと同じもののアレンジでOK。従来の離乳食で規定されていた「柔らかいものから固いものへ」とか「何をどの順番で食べるか」も関係ありません。

BLW以前は、世界中で「離乳食とはピューレ状にした食べ物を、大人が赤ちゃんにスプーンで食べさせるもの」と思われていたのですから、BLWは離乳食の在り方に斬新な一石を投じたと言えるでしょう。
しかし考えてみれば、離乳食をスプーンで与えるのが果たして適切かどうか、という研究はこれまでどこでも行われたことがなかったのです。なぜならそれはとても当たり前で、スプーンを使わずに赤ちゃんに物を食べさせるのは不可能である、と人々が思い込んでいたからではないでしょうか。
しかし、実際赤ちゃんは発達の段階さえ整えば(6ヶ月以上で食べ物に関心があり、自分で座れる状態)、自分で手に持って食べることが可能で、さらにそれはスプーンで与えるよりも安全であり、しかもその子の将来の食生活に良い影響があるとジルは述べています。

より安全で、心身に良い影響⁉︎ BLWのメリットとは

ジルはその著書の中でBLWのメリットを数多く挙げています。たとえば・・・

・食べることが楽しくなり、食べるのが大好きな社交的な子供に育つ
・より安全に、より良い栄養が得られる
・食欲のコントロールを学ぶことで、将来肥満のリスクが減る
・身体面での発達が促され、心理面でも自信がつく
・料理が簡単で済み、外食もできる

自分で食べることを許された赤ちゃんは、お腹がいっぱいになったら食べるのをやめることができ、食欲を自分でコントロールできるようになります。一方で、スプーンで離乳食を与えられる赤ちゃんは、必要な量を赤ちゃん自身ではなく大人が判断するため、食べすぎてしまうことがあります。
赤ちゃんがいる家庭の親は多忙ですから、食事を短時間かつスムーズに終わらせたいがために、食べるのを急がせてしまいがち。また“きちんと栄養をとらせなくちゃ“という想いから多めに食べさせてしまうこともあるはずです。しかしその習慣が将来子供を早食いにしてしまったり、過食気味にしてしまう可能性があるといいます。

自分で食べるBLWの赤ちゃんは食べ物を手に取って口にはこぶことを繰り返す中で、目と手の協調運動、筋肉のコントロール、唇や口の中の適切な動かし方といった身体能力を向上させることができます。
そして食べ物をじっくりと観察し、口に含み、味や香りや舌触りを興味深く楽しみながら食の知識を蓄えていくのです。自分で美味しく上手に食べられるという経験は、赤ちゃんに喜びをもたらし、自信と自尊心を育みます。食べるという行為は、身体だけでなく心とも深く繋がっているのです。

固形VSピューレ 栄養に優れているのは?

では、BLWの方が栄養的に優れているとはどういうことでしょうか。たとえば、野菜や果物はピューレにするより、固形の方がビタミンCの損失が少なくなります。バナナなども裏漉ししたり、煮て潰すよりも丸ごと1本の方が、ビタミンCが豊富なのだそうです。また、ピューレの方が消化に良さそうなイメージがありますが、実際には固形物をよく噛んだ方が胃で消化されやすくなります(唾液と混ざることで、デンプン質の消化が促進されるため)。

これまで頑張ってピューレを作っていた親たちにはショックなニュースですが、その弊害はまだあります。果物などをピューレやジュースにした場合、口の中で糖分が「単糖」に変わるため、自分で噛んで食べるよりも甘く感じられます。すると赤ちゃんは強い甘みを欲するようになってしまい、虫歯の危険性も増えてしまうのです。たしかに、同じリンゴでも固形を齧るのと、ジュースにして飲むのではジュースの方が甘く感じますね。

手づかみ食べは、本当に安全か?

たくさんのメリットがあるとはいえ、やはり赤ちゃんがいきなり自分で固形物を持って食べるのは危険ではないのでしょうか?喉につまらせて窒息したりしないか心配になってしまいます。
しかし、BLWでは準備のできた赤ちゃんなら問題ないと言っています。むしろ、研究によると赤ちゃんにとって喉に詰まらせないで食べるのは、自分で食べ物を口の中に入れるよりもスプーンで食べさせられる方が難しいというから驚きです。逆に、はじめてピューレ状の食べ物をスプーンで与えられた赤ちゃんは、喉に詰まらせたり、むせたりすることが多いそうです。

その原因となるのが「咽頭反射」という全ての人間に備わった能力です。風邪を引いた時に病院の診察で、喉の奥をヘラのようなもので押されてオエっとえづいた経験のある方は多いでしょう。それが咽頭反射で、誤嚥(異物が気道に入ること)を防ぐための安全装置のようなものです。
咽頭反射が起こると同時に軌道が閉じられ、食べ物が入るのを防ぎます。成人はこの咽頭反射が舌の奥近くで起こるのに対し、6〜7ヶ月の赤ちゃんは、舌のかなり前部分で引き起こされるという特徴があります。

自分で食べることを許された赤ちゃんは、はじめのうち食べ物を面白がってくわえたりしゃぶったりしているうちに、この咽頭反射を何度も何度も経験しながら、口の中にものを入れすぎたり、一気に奥へ押し込んだりするのは危険だということを学習します。練習中に咽頭反射を起こしたとしても、それは舌のずいぶん前の方で起きているので、見た目には赤ちゃんがえづいて吐きそうに見えても、実際に喉に詰まらせたり窒息することはないのです。体って本当にうまくできていますね。

食の主導権を子供に返そう!

一方、大人のコントロールでスプーンを口に入れられる赤ちゃんは、舌や口内の動き方を練習する機会が少なくなります。そして、思いのほか奥の方へ食べ物が入ってしまったり吸い込んでしまった場合、赤ちゃんは吐き戻すことができずに、むせたり詰まらせてしまう可能性があるのです。特にピューレは固形物よりも前に押し出しにくいため、長い時間咳き込むことになってしまいます。

BLWでは「食の主導権を子供に返そう」と謳っています。赤ちゃんには「首が座る」、「歩く」、「発語する」といった発達と同じように「食べられるようになる」という能力がもともと備わっています。大人はその能力を信じて、コントロールするのではなく見守りましょう、とジルはいいます。そうすれば、赤ちゃんは(はじめは多少時間がかかったとしても)喜んで食べはじめ、将来にわたっても食べるのが大好きになるのです。BLWを活用すれば、きっと多くの親にとって離乳食は面倒なものではなく、楽しくエキサイティングで、そしてとても愛しい時間になるのではないでしょうか。

そして、BLWを実践すると親は離乳食を作る手間からも解放されます。外食に行くときにレトルトの離乳食パックを用意していく必要もなくなります。(ただし、赤ちゃんが多少散らかしても大丈夫な店を選んだ方が無難かも)

実はBLWは大昔からあった⁉︎

「BLWという呼び方はかなり新しいが、実は赤ちゃん主導の離乳食は人類の歴史と同じくらい古くからあったのではないか」とジルは書いています。
兄弟姉妹のいる家庭では、下の子になるほど時間をかけて離乳食を作っている余裕がなくなるために家族の食事を分け与えて自動的にBLWになります。しかもそれで問題がないどころか、きちんと離乳食を与えた上の子よりも偏食が少ない。そんな経験をしている家庭は昔から多いけれど、離乳食作りを怠っていると思われたくがないためにみんな黙っているだけ、と鋭い指摘をしています。

そもそも人々はいつから離乳食というものを与えるようになったのでしょうか。スプーンを使って与え始めたのはいつ頃でしょうか。現代の先進国の離乳食のガイドラインは各国政府やWHOによって戦後に定められたもので、近代以前の情報は不明なことが多く実はよくわかっていません。赤ちゃんをどのように離乳させるかについては母から娘へと伝えられるもので、昔の人は本に書き残さなくてはならない知識だとは考えてもみなかったでしょう。ちなみに日本では私の祖母以前の世代では、ご飯に味噌汁をかけたり、大人が口で柔らかくしたものを与えていたようです。他の国でもたいていそのようなことが行われていたのではないでしょうか。スプーンで離乳食を与えるという現代の常識は、歴史的に見ればせいぜいこの100年〜200年に作られたものなのかもしれませんね。

近代以降はテクノロジーの進化によって人々の生活が劇的に変化した、人類の歴史のなかでもある種特異な時代です。ライフスタイルや社会構造の大きな変化に伴って、家族の在り方が変わり、女性の社会進出が進み、そのなかで離乳の時期や離乳の仕方、人工乳の導入などが試行錯誤されました。それまで家庭内で行われていた出産や離乳が医師の管轄となることで命の安全が担保される一方で、画一化や効率化といった人間の発達過程には必ずしもプラスでない概念が導入された面もあるでしょう。世界中で多くの人が摂食障害や肥満など食による健康トラブルを抱える現代にあって、人間本来の成長や欲求に基づいて離乳食を見直し、食の楽しみと安全をもたらす赤ちゃん主導の離乳食を提唱したBLWは、赤ちゃんに限らず、人々に食とは何かを問い直すきっかけを与えてくれるようにも思います。

以上、前編・後編にわたってイギリス発祥の新・離乳食のメソッド「BLW」についてご紹介しました。次回はヨーロッパを東に進み、中東の大国トルコを取り上げたいと思います。次回もお楽しみに!