世界の離乳食シリーズ、第6回はイギリス発祥の離乳食についてお伝えします。
その前に、これまでご紹介した「世界の離乳食」では、さまざまな離乳食が登場しましたが、実はすべての国に共通する点がひとつあったということにお気づきでしょうか?
それはどの国の赤ちゃんも、離乳食を「スプーン」で「食べさせてもらう」ということです。おかゆも、野菜やフルーツのピュレも、親にスプーンで口に運んでもらって、赤ちゃんがもぐもぐゴックンと飲み込む。そんなの当たり前でしょ、と世界中の人々が思っていた“離乳食はスプーンで食べさせるもの”という認識。しかしその常識を大きく覆す、新たな離乳食のあり方を提案した女性がいます。イギリスの保健師、ジル・ラプレイさんです。
ジルはこれまでのスプーンで与える離乳食に疑問を呈しました。そして、赤ちゃんが自分で食べたいものを選び、手づかみで食べるという「赤ちゃん主導の離乳食〜Baby-led Weaning(略してBLW)」を提唱したのです。 ※weaningはwean(離乳する)の現在分詞
2008年にジルによって書かれたBLWの指導書『Baby-led Weaning:Helping Your Baby to Love Good Food』はイギリスで社会現象といわれるほど注目され、現在日本を含む世界20ヵ国以上でも翻訳版が出版されています(邦題は『「自分で食べる!」が食べる力を育てる』)。特に近年はInstagramなどのSNSによってBLW式離乳食を食べる赤ちゃんの様子が世界中で拡散されたことから、BLWは急速に広まりました。日本でもBLWを取り入れているファミリーが増えていますし、インスタで「#BLW」と検索すれば、世界中の赤ちゃんがBLWに取り組む様子を見ることができます。
世界の離乳食シリーズ第6回は、このイギリス発祥の新しい離乳食の方式・BLWをピックアップ。ジル・ラプレイの著書を参考に、BLWとはどんな離乳食なのか、詳しく見てまいりましょう。
BLWとはどんな離乳食なのか?概要をまとめてみました。
その1 赤ちゃんが手で持てるフィンガーフードが基本
まず、BLWでは赤ちゃん用に特別にお粥を作ったり、野菜や果物をペースト状にする必要はありません。赤ちゃんの食事は家族と同じ献立をもとに、手に持ちやすいフィンガーフードにするのがBLWの基本。野菜はスティック状に切って蒸したり軽く煮たり、焼いたりする。きゅうりやアボカドはそのままスティック状に切る。オムレツは硬目に焼いて細長く切る。肉・魚類は火を通して、細長く切ったり裂いたりする(噛みきれなくても、しゃぶっているだけでも栄養が摂れるそう)。
そのほか茹でたパスタ(短いマカロニ状のものが持ちやすい)、スティック状に切ったパン。穀物を炊いたおかゆやポリッジは手づかみで、ヨーグルトは容器から直接飲む、スープはパンやライスケーキを浸して食べるなど、あくまでスプーンは使わず、自力で食べられるものを用意します。
その2 食べる順番は関係なし
ジルの著書の〈初めての食べ物〉という章にはこんな記述があります。
「どの食材をどういう順番で食べさせるべきか。こうしたアドバイスは時代遅れだ。」
従来の一般的な育児をしてきた人は、「えー!」っと度肝を抜かれることでしょう。この連載でも何度も触れてきた通り、これまでの離乳食は、柔らかいものから固いものへ、タンパク質は後回しなど、「何をどの順番で食べさせるか」ということがとても重要だったからです。
しかし、ジルによると6ヶ月の赤ちゃんの消化器官は十分に成熟しているので、初めからほとんどの食べ物に対応できるとのこと。以下の食品を除けば初めから肉も魚も食べてOKだそう。
〈避けるべき食品〉
・ 塩を過剰に使った料理(加工肉、チーズなどを含む)
・ 砂糖が多く含まれる料理
・ スナックやジャンクフード
・ はちみつ(乳児はボツリヌス菌に感染しやすいため)
・ 添加物の多い加工食品
・ 小麦ふすまなど消化に負担がかかる食品
・ 燻製のもの など
・ 未調理のシーフード
・ カフェインを含むもの など
特に従来の離乳食では、アレルギーを引き起こす可能性が高い食品は後回しにして、少しづつ食べさせて様子を見るというのが一般的でしたが、BLWでは最新の研究によると遅らせたところで赤ちゃんがアレルギーになる可能性が低くなるわけではないため、卵や小麦製品などを後回しにする必要はないと言います(ただしBLWでも、近親者にアレルギーの人がいれば開始時に注意し、必要な場合は医学的なアドバイスを求めるよう指導しています)。
その3 開始時期は赤ちゃん自身が決める
この連載で見てきた多くの国では、離乳食の開始時期はWHOの基準に沿った生後6ヶ月を中心に、東南アジアでは4ヶ月からという国もありました。しかしBLWでは、特に‘この時期から始めよ’という決まりはありません。赤ちゃんが食べたいと思った時がスタートです。ただしいくつか条件があり、「消化器官が整う生後6ヶ月後から」、「自分で座れる(もしくは膝に抱いたり、ベビーチェアでサポートして座れる)」ことが開始の目安となります。たいてい6ヶ月前後で最初の乳歯が生えはじめますが、まだ歯が生えていなくても赤ちゃんは歯茎で噛んだり潰して食べることができます。
・BLW流の理想的な離乳食のスタートは、たとえばこんなはじまり方です。
毎日家族が食事をとる時間になると、赤ちゃんはお母さんかお父さんの膝に乗せてもらって、親や兄姉が食べる様子を興味津々に眺めます。赤ちゃんは初めのうちは皿に乗っているものが食べるものなのか、おもちゃなのかもわかりません。ある時、ふと皿の上のものを触って遊んでいるうちに、口に入れてしまい、味がすることにびっくり!(赤ちゃんは興味のあるものをなんでも口に運んで、もぐもぐやりながら確認する習性があるのです)。そうやって食べ物への興味を育てながら、自分の意思で手を伸ばすようになった時が離乳食のはじめどきです。
その4 与えるのではなく提供する
食べ物を掴むか掴まないかは赤ちゃんが決めます。初めの頃は全く口に入れなかったり、ほんの少し入れたとしても遊んでばかりかもしれません。ほとんどの食べ物を皿の外や床に落とすかもしれないし、顔や体に塗りつけたり、頭からかぶってしまうことだってあり得ます。それでも、無理に食べ物を手に掴ませたり、口に入れてやるといったことはしません。
赤ちゃんは、自分なりのやり方とペースで食べ物との付き合い方をじっくり学んでいきます。親は赤ちゃんの本能と能力を信頼し、リラックスして赤ちゃんの食べ物の冒険を見守り、一緒に楽しみましょう。
その5 家族と一緒に食べる
赤ちゃんには周りの人を真似しようとする強い本能が備わっています。赤ちゃんが家族の一員として同じ食卓を囲めば、赤ちゃんは両親や兄姉が食べる様子をジーッと観察するでしょう。そうやって食べ物の食べ方・扱い方はもちろん、料理を順番にとること、会話すること、テーブルマナーなどを学びます。
従来の離乳食では、親はまず赤ちゃんに食べさせて、その後に自分たちが食事をするというパターンの家庭が多かったのではないでしょうか(私もそうでした。なぜなら赤ちゃんに食べさせていたら自分が食事をする余裕などとてもないからです!)。しかし、食事の大切な役割は栄養を摂取することだけでなく、親しい人と同じテーブルを囲み、ともに味わう「楽しさ」を感じることでもあるのです。
その6 食事の時間は遊びの時間と割り切る
ジルは、離乳食をスタートして慣れるまでは、食事の時間=「食べる時間」ではなく、「遊びの時間」ととらえることを勧めています。遊びとは赤ちゃんにとっては学習なので、つまり食事は学びの時間なのです。
初めの頃、赤ちゃんはまだ必要な栄養分はミルクや母乳から摂取しているので、食べなくても栄養的には全く問題ありません。それよりも食べ物を手で触って、形、重さ、触感を知る、落として重力を知る。赤ちゃんが食事の時間に感覚を総動員してまわりの世界を深く理解することが大切です。
もし親が時間をかけてお粥やピュレを作ったら、作ったからには全部食べてほしいと思うでしょう。私もわざわざ作ったお粥をなんとかして食べてもらおうとスプーンを赤ちゃんの口に詰めこんだ覚えがあります…。
しかし、BLWは特別に時間をかけて離乳食を作らず、かつ完食をゴールにするのもやめてしまいましょうと言います。離乳食の時間にいかに赤ちゃんが食べたかではなく、いかに遊び学んだかをゴールにすれば、かなり気楽に離乳食を始められるでしょう、というのがジルの主張。これを聞いて深くうなずくお母さん・お父さんは多いのではないでしょうか。
以上、今回は前編としてBLWの特徴をご紹介しました。ジルは、従来の離乳食、つまり赤ちゃんがただ座っているだけで、自分では何も決められず、スプーンを口に突っ込まれ、食べ物が舌の上に到達してからようやく何を食べているのかわかるというのでは、赤ちゃんにとって食事の時間は憂鬱なものになってしまう可能性があると指摘しています。そしてはじめの食事の印象がその人の一生の食への向き合い方を決めてしまうことがあるとも。怖いですね・・・。
その代わり、赤ちゃんが自分から積極的に食べることに関わり、何をどのくらい食べるかや食べる速さを自分で決められるなら、食事は俄然楽しいものになるでしょう、と提案します。
ジルの著書を読むと、食べるということが人間にとってどんなことなのか、また人と食事の理想的なあり方とは?という根本的なことを知らず知らず疎かにしてしまっていたことに気付かされます。BLWが世界中の人に受け入れられたのは、この離乳食法が「食事を楽しむ」という、人間が本来持っている欲求に沿っているからかもしれませんね。
離乳食界に彗星の如く登場したBLW。後編ではこのBLWのメリット、そしてデメリットについて最新の研究をもとにお伝えします。次回もお楽しみに!
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