日本のビスケットの起源は、戦国時代にさかのぼります。1543(天文2)年、種子島に漂着したポルトガル人が鉄砲やカステラとともに、ビスケットを日本に伝えました。しかしビスケットは当時の日本人の口に合わず、長崎で外国人向けに作られるまででした。
江戸時代、水戸藩はビスケットの保存性の高さに注目していました。水戸藩は、藩の蘭医・柴田方庵に長崎で外国の情報を収集するように依頼したのですが、その内容のひとつが「ビスコイト」の製法でした。「ビスコイト」はポルトガル語でビスケットのことです。
1855(安政2)年2月23日、柴田方庵はオランダ人からビスケットの製法を学びます。そして5日後の2月28日、方庵は水戸藩宛に「ビスコイト」の作り方を書いた手紙を送りました。このことを方庵は自身の日記「柴田方庵日録」に書いており、これが日本最古のビスケットの記録とされています。当時のレシピが気になるところですが、方庵がオランダ人から教わった「ビスコイト」の製法は残念ながらわかっていないようです。柴田方庵が水戸藩に手紙を送った日にちなみ、一般社団法人全国ビスケット協会により2月28日が「ビスケットの日」に制定されました。
「ビスケット」は小麦粉に砂糖や油脂、乳製品などを合わせて焼き上げたお菓子です。
それを表すように「ビスケット」の語源は、ラテン語で「2度焼かれたもの」を意味する「ビス コクトゥス(bis coctus)」。また、クッキーの語源は、ケーキや焼き菓子を意味するオランダ語の「クーク(koek)」です。
国によっても呼び方が違い、イギリスでは「ビスケット」、アメリカでは「クッキー」、フランスでは「ビスキュイート」などと呼ばれています。しかしながら、厳密には「ビスケット」と「クッキー」の呼び方を使い分けない国が多いようです。
ちなみに、アメリカで「ビスケット」というと柔らかい菓子パンのことを指します。ケンタッキーフライドチキンのサイドメニュー「ビスケット」がスコーンのような見た目や味なのは、アメリカでの呼び名を日本でもそのまま使っているからなのですね。
日本では、「ビスケット」と「クッキー」ははっきりと区別されています。
1971(昭和46)年、公正取引委員会(現・消費者庁に移管)の承認を受けた「ビスケットに関する公正競争規約」でビスケット類は「小麦粉、糖類、食用油脂および食塩を原料とする」「クッキー、クラッカー、プレッツェル、乾パン、カットパン、パイ、これらの加工品のクリームサンドビスケット、チョコレートで覆われたものなどを含む」と定義されています。つまり、クッキーやクラッカーなどは「ビスケット」に分類されているのですね。
ただし「ビスケット」のうち、見た目が手作り風で、糖分や脂肪分が合計で40%以上のものを「クッキー」と呼んでも良いとされています。
日本で多くの人たちがビスケットを食べるようになったのは、戊辰戦争(慶応4〜明治2年)以降といわれています。幕末のころ、薩摩藩の藩主・島津斉彬は「薩摩藩の軍の要は兵士。兵士を大切にするためには、携帯に便利で、なおかつ長持ちする食糧が必要不可欠である」と、兵糧菓子の開発を積極的に進めていました。薩摩藩士に作らせた「兵糧麺包(ひょうろうめんぽう)」は、サブレ、ビスケットに近いお菓子だったそうです。また戊辰戦争の際、西郷隆盛が指揮官となった薩摩藩は東京の風月堂に兵糧麺包5,000人分を作らせました。
ビスケットは栄養価が高く保存が効くため、日清・日露戦争でも軍事用の保存食として重宝されたそうです。現在は軍用食糧として、ビスケットや、ビスケットを改良することで開発された乾パンを採用している国は多いようです。
ビスケットは主原料の小麦粉のほか、卵や乳製品が使われており、カルシウムやビタミンA、B1、B2を多く含んでいます。消化が良いうえ、栄養価も高いので成長期の子どものおやつにも、消化機能が弱っている人の朝食や間食にも向いています。
また、甘味の無いあっさりした味のビスケットなら、サラダ、スープ、カレーやミルク味のおかずとも相性が良く、組み合わせることで軽食にもなります。より栄養価の高い食べ物を組み合わせれば、さらに健康的な食事になりますよ。2月28日「ビスケットの日」は、歴史を紐解きながら、好みのビスケットを楽しんでくださいね。