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絵本と食べ物のおはなし⑮『きょうはふっくらにくまんのひ』―お腹も心も「ふっくら」満タン! 幸せを包み込む絵本

生駒 幸子

龍谷大学短期大学部准教授、博士(人間科学)

絵本と食べ物のおはなし⑮『きょうはふっくらにくまんのひ』―お腹も心も「ふっくら」満タン! 幸せを包み込む絵本

生駒 幸子

龍谷大学短期大学部准教授、博士(人間科学)

絵本には、子どもたちが大好きな食べ物がたくさん登場します。一度食べてみたいと幼心に感じた人も多いのではないでしょうか。絵本研究者で龍谷大学短期大学部こども教育学科の准教授を務める生駒幸子先生に、絵本と食べ物の切っても切れない関係を語っていただきます。

<書籍データ>
きょうはふっくら にくまんのひ
作:メリッサ・イワイ
訳:横山和江
出版社:偕成社
出版年:2022年

<あらすじ>
肉まんは、リリの世界一すきな食べ物。ナイナイ(「おばあちゃん」のこと)と一緒に肉まんを作ることになりました。材料を揃えてから、生地をこねて、具を炒めます。小さく切った生地を丸く伸ばして具を包んで、せいろに入れて蒸すときに、材料がひとつだけ足りないことに気が付きます!リリは、同じアパートの6階に住むバブシアのところに行って分けてもらうことになりました。ところが、ピエロギを作っていたバブシアも足りないものがあるので、2階のグランマのところで分けてもらってきてとリリに頼みます…。さてさて、肉まんは無事にできあがるのでしょうか?

世界をつなぐ魔法の言葉“ダンプリング”

表紙を見ているだけで、なんだかお腹が空いてくるような、幸せな気持ちになれる一冊です。2022年に日本で翻訳出版されたばかりの新しい絵本なのですが、ページを開くとそこにはとってもおいしそうで、そして今の私たちが忘れかけている「大切なこと」が描かれています。

まず、この絵本の原題をご紹介しましょう。Dumplings for Liliというタイトルです。
この「ダンプリング(Dumpling)」という言葉、みなさんはどんな料理を思い浮かべますか?
実は私、最初はてっきりお月見団子などの「お団子」のことだと思っていたんです。でも、解説によると、小麦粉を練った皮の中に、具を入れて包んだ料理のことを総称して「ダンプリング」と呼ぶそうです 。

この絵本には、主人公のリリが大好きな「肉まん(パオズ)」だけでなく、イタリアの「ラビオリ」、ポーランドの「ピエロギ」、ジャマイカの「ビーフ・パティ」やメキシコの「タマレス」、レバノンの「ファティール」と、世界中のダンプリングが登場します。国や文化が違っても、「皮で具を包んで食べる」という文化は世界中にある。なんだか、それだけで世界がぐっと身近に感じられますね。

私もおいしいものが大好きで、お料理をするのも大好きな食いしん坊ですから、ページをめくるたびにワクワクしてしまいました 。

階段を上ったり下りたり、リリの大忙しなお手伝い

物語の舞台は、リリとおばあちゃん(ナイナイ)が住むアパートです 。
二人は一緒に、リリの世界一好きな食べ物である肉まんを作ることになります。生地をこねて、具を炒めて…。絵本ではこの工程が本当に丁寧に描かれています。特に私が素敵だなと思ったのは、生地をこねる場面には「あかちゃんの ほっぺたくらい すべすべに なるまで」とか、具を炒める場面では「食材がすくすく丈夫に育ってくれたことに感謝して」という表現があるところです。食べることは、命をいただくこと。そんな料理の基本が、自然と伝わってきます 。

さて、いよいよ蒸そうとした時、ナイナイは大変なことに気づきます。
「あっ、せいろに敷くキャベツがない!」

ここから、リリの「大忙しのお手伝い」が始まります 。
リリはナイナイに頼まれて、同じアパートの6階に住むバブシアのところへキャベツを分けてもらいに行きます。ところが、バブシアも料理(ピエロギ)の真っ最中で、今度はジャガイモがなくて困っています 。
「じゃあ、2階のグランマのところで分けてもらってきて」と頼まれ、リリは6階から2階へ、そしてまた別の階へ…。

このアパート、なんとエレベーターが故障中なのです 。リリは階段を上ったり下りたり。6階から2階へ行って、今度はニンニクをもらいに4階へ行って、それを2階へ届けて…。文章だけで説明を聞くと「あれ?今どこにいるんだっけ?」「誰に何を届けるんだっけ?」と迷子になりそうです 。

でも、安心してください。この絵本には、アパートを輪切りにしたような見開きの絵があって、リリがどの部屋にどう移動したかが一目でわかるようになっているんです 。
「あっちに行って、こっちに行って、ほんとうに大変だったね」というのが、子どもたちにも一目瞭然で伝わる。視覚表現があるからこそ理解しやすい、絵本ならではの楽しさがここにあります 。

「ないなら、借りればいいじゃない」という豊かさ

私がこの絵本を読んで一番心に残ったのは、登場人物たちの「関係性」です 。

肉まん作りに必要なキャベツがないから、ご近所さんに分けてもらいに行く。現代の日本では、こうした食材の貸し借りができるような濃密な人間関係は、あまり見られなくなりましたよね。むしろ、「うっとうしい」と敬遠する感覚が主流かもしれません。

でも、この絵本の世界では、それがとても自然で楽しそうなんです 。
誰かが困っていたら助けるし、自分が困っていたら「助けて」と言う。どうしようもない時には誰かを頼っていい。リリが駆け回ることで、おばあちゃんたちの足りない材料がすべて揃って、それぞれのキッチンでおいしい料理が完成していきます。

私たちも、普段は気づかないだけで、実は誰かに頼ったり、頼られたりしながら暮らしているのかもしれません。「自分でできること」も大切ですが、「持ちつ持たれつ」で生きることも、同じくらい大切で素敵なことなんだと、リリたちが教えてくれている気がしました 。

「おいしい」は国境を越えて

このアパートには、さまざまなルーツを持つおばあちゃんたちが住んでいます 。
「ナイナイ」「バブシア」「グランマ」「アベラ」……これらはすべて、それぞれの国の言葉で「おばあちゃん」を意味する呼び名なのだそうです。
彼女たちは、それぞれの故郷の味であるダンプリングを作り、たくましく生きています。家族のため、あるいは自分のために料理を作り、長いあいだ生活を営んできた女性たちの強さが感じられます 。

今、社会では「ダイバーシティ(多様性)」や「多文化共生」という言葉がよく聞かれます 。でも、言葉だけで説明しようとすると、少し難しくなったり、押し付けがましくなったりすることもありますよね。でも、この絵本は違います。「おいしい!」という体験を通じて、国籍や民族や文化の枠組みをひょいと飛び越えてしまうんです。

物語のクライマックス、おばあちゃんたちは完成したダンプリングを持ち寄って、アパートの庭でパーティーを開きます。そこにあるのは、難しい理屈ではなく、「一緒に食べるとおいしいね」という笑顔だけ。まさに、「おいしい」は国境を越える共通言語なんですね。

作者のメリッサ・イワイさんは、日系アメリカ人3世としてのルーツをお持ちだそうです。ご自身の経験や歴史的な背景があるからこそ、こうした多様な人々が支え合う姿を、温かい眼差しで描くことができたのかもしれません 。

「ふっくら」した幸せを、召し上がれ

そして物語の最後、とっても素敵なサプライズが待っています。
少し暗くなった庭にテーブルの上のロウソクの光が輝き、リリのパパとママが帰ってくるのですが、その腕の中には…生まれたばかりの弟が抱かれています 。

リリは、おくるみに包まれた弟を見て、こう言います。
「わたしのたいせつな、うまれたてのふっくらちゃん!」

蒸したてのほかほかの肉まんと、生まれたての柔らかい赤ちゃん。その二つを重ね合わせた「ふっくらちゃん」という言葉の、なんと温かいことでしょう。リリがお姉ちゃんになった瞬間の、誇らしげで愛おしそうな表情は、本当に幸せに満ちています 。

このアパートの多様なおばあちゃんたちに見守られて、この新しい命もきっと、ふっくらと健やかに育っていくのでしょう。

読み終わった後、無性に誰かと一緒に温かいものを食べたくなりました。巻末には本格的な肉まんのレシピも載っていますから、大人が読んでも作りたくなりますよ。大人も子どもも、心のお腹がいっぱいになる『きょうはふっくらにくまんのひ』。ぜひ、手に取ってみてください。

【参照】
Melissa Iwai 作家サイト:https://www.melissaiwai.com/