TOP / Business / ラーメンとカレーの進化論
ラーメンとカレーの進化論

伏木 亨

龍谷大学名誉教授、農学博士

ラーメンとカレーの進化論

伏木 亨

龍谷大学名誉教授、農学博士

ラーメンとカレーは似ている点が多い。どちらも日本古来からの料理ではない。片や中国、もう一方はインドに原型がある。しかし、どちらも、日本の食文化のなかで本国のものとはまったく異なる料理に進化している。

中国の人の多くは日本のラーメンを「非常においしい」と絶賛する。上海をはじめ中国本土でも日本のラーメンは好評である。一友インドの人の多くは日本のカレーを「あれはカレーではない」「カレーというものの一部に過ぎない」とやや冷ややかに語る場合が多い。本場のカレーがインドからいったん宗主国であったイギリス人の郷愁を介して再現され、日本に伝わったという特殊な経緯があるからかも知れない。

ラーメンとカレーは、どちらも世代を問わず日本人の好む料理の筆頭格を維持している。町中でもラーメン店やカレーショップの数は多い。しかも、常に進化を続けている。ラーメンはインスタントラーメンという画期的な食品を産み出した。三分で食べられる。しかも、麺もダシも本格的なところまで到達している。食品加工技術の粋を集めた先端食品である。

カレーは電子レンジや沸騰水で温めるレトルトの発展を促した。何カ月も味が変わらない。レストランの味が家庭に届く。これも、食品の風味を過酷な条件で長期間維持させる食品保蔵技術のたまものである。どちらも未来的な食品技術の進歩と深く関わっている。

ラーメンは和食になった

日本のラーメンは、いわゆる食堂の中華そばから背脂や豚骨スープなどを多用した強いコクのあるラーメンへ進化し、日本国内にラーメンブームを巻き起こした。ラーメン店の数の増加は著しく各地で激戦場が出現している。しのぎを削るスープの開発や麺の工夫が続けられている。

先鋭的なラーメンのいくつかは、中華料理ではなくて味噌汁や吸い物に近づいてきている。かつてのラーメンは鶏スープが基本であるが、今ではダシじゃこやカツオ、昆布だしの風味を隠さないラーメン店が増えてきた。ネギの風味も効いて、なつかしい吸い物の味がする。最近のラーメンのコンペティションでは、決戦に登場したラーメンのいずれもが和風を意識していた。今後も、背脂と豚骨スープとチャーシューのこってり系と和風ダシの間での振れが繰り返されると思われるが、一方の究極に和風吸い物があることは明らかである。

日本のカレーライスも和食である

日本のカレーライスも和食であると断言できる。本家インドのカレーは香辛料を楽しむものであり、油脂をべースに様々な香辛料を使い分けるところに醍醐味がある。時には特定の香辛料が突出する。日本のカレーのべースはダシのおいしさである。骨や筋など動物性のダシ素材に野菜や果物を煮込んだ甘味が加わり、さらに日本の伝統の昆布や魚のダシ、発酵で生まれたうま味もが加わる。香辛料は三十種類を超える素材のプレンドである。風味と色を決める基本の香辛料はほぼ定番になっており、香辛料の変化の幅はインドのカレーに比べてきわめて狭い。日本タイプの風味がほぼ出来上がっているともいえる。カレーうどんやスープカレーのような流れもあるが、いずれにせよ日本のカレーは香辛料の変化や調合の妙を楽しむものではない。ダシのうま味をカレー香とともに楽しむものである。

カレーやラーメンのように、国民がこぞって興味を持つ異国料理が、いつのまにか和風に向かっていくのはおもしろい現象である。結局、あれこれと揉まれているあいだに和風ダシのおいしさに収束する。ラーメンやカレーが和風に近づいてきていると捉えるよりも、和食の範囲が中華風、インド風に拡張されたと考える方が正しいのかも知れない。

離脱や回帰を繰り返して徐々に移動する

現在の和食にはかつては用いられなかった食材がどんどん使われている。トマトやゴーヤ、ブロッコリー、チーズ・バターなど、昔はなかったものが懐石料理にも登揚する。日本人の舌は貪欲である。一方で郷土料理のような癖のある風味を持つ料理や食材がどんどん廃れてゆく。質素でマイナーなものは消えてゆく。賑やかなカレーやラーメンに飽きたらそんな伝統料理にも目を向けてみたいものだ。

カレーやラーメンの進化を目の前にすると、日本人が新しい料理を求めて右往左往しながらも伝統的な味わいから逃れられないことを感じる。そこからの飛耀や回帰を際限なく繰り返しながら、大きなうねりの中心は静かに移動してゆくのであろう。

出典「逓信協会雑誌」(平成19年10月号通巻1157号)