料理は科学である、とはよく耳にする言葉だ。実際のところ、私たちの食卓に上がる料理は、物理化学反応によって出来上がった実験成果ともいうことができる。調理科学は古くから体系的な研究がなされてきた歴史ある学問分野の一つであり、食材の調理法や調理技術の発展に大きく貢献してきた。
例えば、和食で使われる出汁のひき方ひとつをとっても、どのような煮出し条件でどのくらいの各種うま味成分が抽出されるのかといった研究成果は既に論文となって報告されている。
しかし、そこにおいしさの観点はほぼ存在しないと言ってよい。当然といえば当然なのだが、おいしさと調理科学的成果を確実に結び付けられる術を持つ研究者がいないからである。研究者は味わいの成分を分析することはできるが、最上の味わいを決定づけることは極めて難しい。だが、この難問を解決する方法はある。
日本料理ラボトリー研究会が発足したのは2009年のこと。料理人と大学研究者がタッグを組み、最上のおいしさや新しい料理を創りだそうというのが会の目的の一つだ。料理に関するさまざまなテーマについて、実験的な調理と緻密な考察を重ねながら、科学的な視点を軸に議論していく。
テーマは、「アワビ」「固める」「あく」といった具体的な食材や調理技術もあれば、「期待感」「飽き」など抽象的な概念まで多岐にわたる。一つのテーマに費やす時間はおおよそ1年と長く、しつこく掘り下げながら、最終的には料理へと落とし込んでいく。
仕上げはシンポジウムなどの形で発表会を開く。考えれば、毎年卒業論文研究をやっている感じである。1年かけて研究してきた内容を論文にするのではなく、一つの料理としてまとめあげる。
テーマに沿って料理人が創出した料理を研究者が科学的視点で解析する作業は、多くの発見や着想を互いに与えている。最近取り組んだテーマの中にも、それを印象付ける例があった。
日本料理では絶対につかわれない牛テール(尻尾の部分の肉)を、ある料理人が日本料理に仕立てようと試みた。その過程で、料理人が考えたのは和風の味わいを足すことではなく、牛テールの味わいのトーンを「脂ののった魚」に近づけることであった。下処理で牛脂をコントロールし、昆布や小豆の風味をわずかに添加することで、こってりとした油をふんだんに含む牛テールは、さらりとした日本料理のトーンに整えられた。
この料理人の考えに研究者の視点でアプローチしたとき、日本料理にとって好ましい口腔感覚があることにハッとさせられた。これまで、料理人のセンスや経験で説明されてきた、調理科学的には捉えどころのない味わいの感覚は、料理人と研究者のインタラクション(相互作用)により明快な答えを持ちはじめている。
この4月、研究会の料理人3名が龍谷大大学院の後期博士課程に入学した。料理人は研究者との距離をますます縮めている。食研究の新しい潮流が生まれつつある。
出典:2018年5月9日(水) 京都新聞