伝統ある日本の食文化を継承していくため、食育・地域活性・人材育成などに取り組むNPO法人「日本料理アカデミー」。同アカデミーは、龍谷大学とともに、日本料理を科学的に解明することを目的に、料理人と第一線の研究者とともに研究活動を行っています。その最新の研究成果が、2019年2月に京都市で開催されたシンポジウムで発表されました。今年度のテーマは「食感」。多彩な知見にあふれたプレゼンテーションの様子を2回に分けてお伝えしていきます。今回は、料理人と研究者による2つの共同研究をご紹介。最新科学と料理人の技が融合した結果はいかに?
2004年に京都の老舗料亭の料理人たちが中心となって立上げたNPO法人「日本料理アカデミー」は、現在、龍谷大学農学部と共同研究を行っています。2018年度の研究テーマは「食感の日本料理」。シンポジウムの冒頭、龍谷大学 伏木亨教授(日本料理アカデミー理事・2019年度 日本農学賞受賞)から、「日本料理の個性は風味と食感にある。その「食感」をテーマに1年間研究した成果にご期待ください」との趣旨説明がありました。
シンポジウム第1部は「研究者vs. 料理人」。研究者と料理人が一組となり、食感をテーマにした新しい料理の提案と、科学的視点による解説が行われました。2組の発表が行われたうち、最初のテーマは「食感を操る料理」。料理の考案はたん熊北店 栗栖正博さん、分析・解説は味の素株式会社イノベーション研究所 主任研究員で農学博士の川崎寛也さんです。
最初に川崎博士から、「食感」について生理学視点からの解説がありました。食感とは、食材のテクスチャーを歯や上顎、舌の触覚受容器で感じとる感覚のこと。生理学的には「触覚」が正しい表記ですが、慣用表現として「食感」が用いられているそうです。また、「日本は古来、食感を大事にしてきた国である」と述べ、農研機構 早川文代先生が調査した(2008、2013)、言語別の食感を表現する用語数の紹介もありました。英語77語、ドイツ語105語、中国語144語に対し、日本語の数はなんと445語。このうち消費者が良く使う用語にしぼっても135語にのぼるそうです。
栗栖さんは、「五感全体で味わえるのが日本料理の醍醐味」とした上で、「視覚からイメージする食感と、実際に食べたときの食感が違うと、新鮮な驚きが生まれ、さらに次の料理への期待が高まる」と、食感がもつ可能性について述べました。そこで今回、食べ進めるうちに想像もしなかった新しい食感に出合える料理を考案したそうです。料理名は「偶然の出会いを楽しむ琥珀豆腐」。選んだ調理法は、精進料理にも用いられる胡麻豆腐をだし寒天で包み、冷やし固めた伝統料理の“琥珀豆腐”です。
胡麻豆腐は、冷えて固まると「もちもち」とした食感が際立つのが魅力。この中に「シャキシャキ」という食感を加えるために長芋のサイコロ切り、「ぐにゅっ」とした食感を加えるためにホタテ貝柱のコンフィ(オイル煮)をしのばせています。どちらも胡麻豆腐と色が似ているため、中身がわかりづらくなっているのもポイント。ぷるんとなめらかな琥珀寒を箸で切って食べ進めていくと、最初は胡麻豆腐の香りと吸い付くような舌ざわりに魅了され、続いて意表を突く2つの異なる食感にたどりつくという、時間によって食感が変わる仕掛けが施されています。
試食をした川崎博士は、この料理のポイントは「ヘテロ感(不均一さ、コントラスト)にある」と結論づけました。ヘテロ感とは、食品業界でよく使う用語で、味や風味、食感において異質な要素を加えることで、味わいに重層性や奥行きを加える手法のこと。見た目は端正な立方体ですが、噛み進めると口の中でヘテロを感じるところに、この料理の新しさ、日本料理らしい美意識が潜んでいると評しました。
続いては、平等院表参道 竹林 下口英樹さん、龍谷大学農学部 山崎英恵准教授による研究発表です。日本料理は食材そのものの味や香り、色、形から季節を思わせる仕掛けが凝らされていますが、「食感だけで季節を連想させることも可能ではないか?」と、下口さんが考えたことが研究のきっかけになったそうです。
下口さんがヒントにしたのは、ご自身も嗜んでいる茶の湯の「上生菓子」の技法。材料はあんや砂糖、米粉などのごく限られたものであるにも関わらず、新緑が芽吹く春の山や桜、燃えるような紅葉、初雪など、実に情感豊かな世界を描き出すものです。今回は和菓子からさらに「色」も排除し、「お菓子の食感だけで、冬と夏を感じさせる」試みとなりました。
一品目の提案は、“冬の食感”を表現した「雪餅」。<もちもち むっちり ほくほく ふかふか とろける>など、冬を思わせる食感の中から、下口さんは “ふんわり積もった雪が、はかなく消えていく様子”をテーマに選びました。
生地は白あんと砂糖に、ゼラチンと本わらび粉を加えたもの。これをエスプーマで気泡を含ませ、生クリームのように絞り出して形づくっています。これにより、ふわふわ、モチモチの雪を食べているような歯ごたえと、はかない口どけの相反する食感を両立させることに成功。山崎准教授は「雪のはかなさ、冬の名残をも感じさせる一品ですね」と感想を述べました。
2品目は、“夏の食感”を表現した「清流ようかん」。<つるん ひんやり さらさら ゴクゴク みずみずしい>など、酷暑の夏に味わいたい食感を表す言葉から連想し、「清流のようにみずみずしく、のどごしが良いようかんに挑戦しました」と下口さん。
主な材料は小豆と糖ですが、小豆そのものを使うと食感がもったりするため、小豆の香りだけを移した水を濃縮させて用いているそうです(アイスフィルトレーション)。さらに通常の3〜7倍もの凝固力を持つ寒天「カリコリカン(伊那食品)」を微量で使うことで、「水だけをぎりぎり繋げているような独特の食感をもたらしました」(下口さん)。また、「エリスリトール」という、ひんやりとした清涼感をもたらす天然の糖アルコールを加えています。
完成したようかんは、固形というよりも「水を飲むような食感に近い」仕上がりに。「ひんやりとした口あたりで、のどごしもなめらかで素晴らしい」と山崎准教授も大絶賛でした。
今回の創作を通して下口さんは、食感で日本料理を表現するには、「(季節がめぐる)よろこび」「想像」「残心(名残惜しむ気持ち)」の3つを刺激するフックが必要であると結論づけました。
山崎准教授は、この提言に対して以下のように補足をされました。日本料理では、視覚情報を含めた五感の刺激によって「食べる人の記憶」を呼び起こし、季節の情景を呼び起こすもの。しかし今回は「食感のみの情報となるため、解釈が食べる人の感性に委ねられる。詩を味わう感性に近いといえるかもしれません」(山崎准教授)。つまり、豊かな経験や想像力がある人は、食感からすぐに記憶を呼び起こし、今回のテーマに気づくでしょうし、そうでない人もいることでしょう。「こうした感じる力を育むことも、日本の豊かな食文化の一面なのです」と山崎准教授は結びました。
第1回のレポートはここまで。第2回では、さまざまな料理人の方が考案した「食感」をテーマにした料理のプレゼンテーションをご紹介します。