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「食感を調理する。料理人8名のイノベーション」 龍谷大学×日本料理アカデミー シンポジウム報告 vol.2

Moglab編集部

Moglab編集部 取材スタッフ

「食感を調理する。料理人8名のイノベーション」 龍谷大学×日本料理アカデミー シンポジウム報告 vol.2

Moglab編集部

Moglab編集部 取材スタッフ

2019年2月に京都で行われた、日本料理アカデミーのシンポジウム「食感の日本料理」の様子をお伝えする第2回では、8名の料理人によるプレゼンテーションをご紹介します。寒天、ゼラチンメーカーの協力を受け、食感をテーマに新しい料理や調理法を考案した料理人たち。食材の再構築から錯覚の利用、アンチエイジングの提案まで。目に見えないからこそ、食感の表現は実に豊かで、大きな可能性を秘めたものだと実感させてくれる内容でした。

食感で、失われた野生を呼び覚ます!? 髙橋拓児さん(木乃婦)が提案する「破壊蟹」

「破壊蟹」なる料理名の通り、蟹の甲羅までバリバリ食らうような、野生的で攻めた食感を提案された高橋さん。「食感と人間の本能、つまり野生は直結してると僕は考えます。若い時は食欲旺盛で、歯も丈夫だから硬いもの、脂が乗った肉もペロリとたいらげられるし、性欲も睡眠欲も高い。一方、老齢になると歯も弱り、やわらかいものしか食べられないようになっていく。ここにはきっとつながりがあると思うのです」。

木乃婦さんに限らず、日本料理店は50〜60代のご年配の方が主な顧客層。自然とやわらかいものを多く提供する傾向があるようです。高橋さんはここに着目し、あえて歯ごたえのある硬い料理を提供することで、人間が持つ狩猟的な本能、野生を呼び覚ますことができるのではないかと考えました。「食感で脳や神経に刺激を与えることで、若い食感を保ち、アンチエイジングにも寄与するのではないかという仮説です」(高橋さん)。もちろん、野性味のある食感をとり入れながらも、「料理屋らしく上品に」が高橋さんの信条。冬のごちそう、蟹料理から“蟹酢”を選び、新食感に挑みました。

調理のポイントは蟹の甲羅づくり。蟹身を乾燥させて粉状にし、上新粉や岩塩、昆布だしと合わせて作った生地をローラーで巻き、2時間半オーブンで焼成。これにより、バキッ、ガシッとした蟹足の食感が完成しました。ここにカニの身をつめて、酢の物の仕立てで提供。「甲羅をガシッと噛みしめて、バリバリと噛み砕いてください。狩のような征服感を感じて、若い食感を呼び覚ましてもらえたら」(高橋さん)。

食感とエイジングを結びつけた斬新な視点は、龍谷大学農学研究科 博士後期課程に在学中の高橋さんならでは。さらなる発展も期待させる素晴らしいプレゼンテーションでした。

次世代の国際スタンダード。植物性素材で肉のような食感を生んだ村田知晴さん(菊乃井)

まずは、この大豆たん白をにんにく、セロリ、長ねぎを加えた昆布だしで炊いていきます。「使用した野菜はすべて、硫黄化合物が多く含まれています。加熱すると、お肉を食べたような感覚を想起させることができるのです」と研究・調理を手がけた村田知晴さん。これを寒天で冷やし固め、だしの味をしっかり大豆たん白と寒天に吸わせていきます。当初はこれを加熱し、肉の代用とする予定だったそうですが、「実は、これでは肉感が足りなくて」(村田さん)。そこで、油で揚げて食パンに挟むことでカツサンド仕立てに。満足度の高い一品に仕上りました。

左:使用前の大豆たん白、右:おだしで炊いた大豆たん白を寒天で冷やし固めているところ

「肉の食感を表現するため、今回は油や衣、キャベツ、デミグラスソースなど、肉と親和性の高い食感も活用しました。カツサンドをあたかも食べているように錯覚させたわけです」と村田さん。パンやソースなど、すべての材料も植物性。東京オリンピックを来年に控え、和食のインバウンド需要も高まる中、すぐにでも応用が期待される実践例となりました。

納豆にたらこ、レモンまで。クリエーティブな新食感がぞくぞく登場!

ここからは6名のお料理をダイジェストでご紹介していきます。

会場の参加者も発表された料理を試食できるのが、このシンポジウムの魅力。豊かな発想の数々に、あらためて日本料理の奥深さを体感するひとときでした。

「つるつる蟹」竹中徹男さん(京料理清和荘)

見ためは普通の蟹身ですが、口に入れるとびっくり。舌触りはツルンとなめらかで、口の中で溶けるような食感が印象的です。秘密は、蟹の足を殻ごと昆布だしを加えたゼラチン液でコーティングし、蟹本来の旨みを壊さないよう55℃で加熱していること(竹中さん)。定番の料理をひと捻りすることで、思わぬ意表をつく一品が誕生しました。

「納豆のデクリネゾン」宗川裕志さん(大和学園 京都調理師専門学校)

「デクリネゾン」(仏語)とは、ひとつの食材を異なった手法で調理し、ひとつの皿に盛り付け、味や香りの変化を楽しむ手法のこと。宗川さんは、あえて特徴的なネバネバ食感をもつ納豆を用い、パリパリとした卵白せんべい、コリコリとした寒天(辛子入り!)の2つの食感を新構築。ねぎと温泉卵を挟んで食べ、口の中で最後に元の納豆の食感に戻るところまで、見事に計算し尽くされていました。

「たらこの真丈???」中村元計さん(一子相伝 なかむら)

精進料理には、魚や肉の味や食感に似せた“もどき料理”がありますが、「たらこのような、つぶつぶの食感は見たことがありません」と中村さん。ならば自分でと、多孔質の高野豆腐の構造を活用。やわらかく戻してゆがいた高野豆腐に、たらこを炊いた煮汁とゼラチンを合わせたものをゆっくりとかけ、冷やし固めることで見事に実現されました。

*真丈(しんじょう)は、魚肉や海老、鶏肉などをすりつぶし、山芋や卵白などのつなぎを加えて成型した練りもののこと。日本料理では吸い物の実にも用いられる。

「濃厚な食感」才木充さん(直心房さいき)

才木さんが食材に選んだビワマスは、琵琶湖の固有種で、脂乗りととろけるような甘みが絶品。これを床(酒粕、粗みそ、濃口醤油、みりんを合わせたもの)に漬けることでさらにコクをプラスし、もっちりとした食感に。この身で、煎ったクルミや、舞茸のおだし、胡麻油、豆乳クリームで作った特製クリームを包むことで、香ばしさとねっとり濃厚な食感が増幅。極上の佳肴と評判でした。

「酸味の食感」佐竹洋治さん(京懐石美濃吉本店 竹茂楼)

「強い酸味のレモンゼリーを作りたいけれど、酸味でゼリーが凝固しないのがジレンマ」(佐竹さん)。そこで、寒天メーカーの協力を受け、凝固力の使い寒天(カリコリカン)を使い、約60ºCまで冷ました後にレモン水を加えることで無事に解決。強烈な酸味が爽快なキューブ型のゼリーが完成しました。ここに、異なる食感と甘みを持つ2種のレモンゼリーを重ねることで、よりバランスのとれた仕上がりとなっています。

「食感の西欧料理」生江史伸さん(レフェルヴェソンス)

毎年、フランス料理の観点から、自由な発想や新知見をご紹介くださる「レフェルヴェソンス」(東京・南青山)の生江さん。今回のメニューは、アルコールをたっぷり含んだ“酔っ払いラム酒のアイスクリーム”。アルコールが多いとアイスが固まらないため、基本のソースにゼラチンを使ってアルコール耐性を付与しているのがポイント。さらにエスプーマで空気を含ませることで、驚くほど軽くサックリとした食感に。それでいて、しっかり濃厚なアルコールが含まれています。「テクスチャーが軽く、風味はスッと消えるのですが、一方で香りの余韻は長くて豊か。思わぬ発見ありました」(生江さん)。

8人8様の発表はいかがでしたか? 時代は今、食感というさらにイノベーティブな局面へ。五感のなかでも「食感(触感)」は、視覚や聴覚とは異なり、感覚器が外からはっきり見えない“体性感覚”と呼ばれるもの。情報が脳で処理されることもあり、まだまだ奥が深い世界です。また、好みの食感は、育った国や文化によって異なるため、「日本料理らしさ」を形づくる重要な要素として、今後のさらなる研究が期待されます。

日本料理アカデミー理事、龍谷大学農学部の伏木亨教授は、「今回の提案は、ファッションでいえば最新のオートクチュール・コレクションのようなもの。明日すぐに流行するものではありませんが、料理人たちがこうした発想を持っているかどうかで、料理の未来は確実に変わっていく」とおっしゃっていました。龍谷大学とNPO法人料理アカデミーによるシンポジウムは今後も開催される予定です。一般参加も可能ですので(要申込)、料理や食文化に興味のある方は、ぜひ参加してみてください。