作物や野菜、果樹を栽培する際、害虫対策は避けては通れません。害虫対策には、農薬の使用、被害が出にくい品種の利用、天敵の利用、圃場管理など様々な方法を組み合わせる必要があります。そのためには、防除対象の生理・生態・行動、生活環、被害の発生様式などを正しく理解することが重要です。
私は20年ほど、水稲(すいとう)や畑作物の害虫防除技術開発に取り組んできましたが、水稲に発生する害虫は実に多様です。ここでは、私が研究対象としてきた代表的な害虫をいくつか紹介します。
水稲の害虫として全国的に問題になっているのがカメムシです。カメムシは五角形を逆さにしたような形をしており、強烈な匂いを発する不快な虫という印象が一般的ですが、世界中で40,000種以上が存在すると言われています。
カメムシは植物から汁を吸うものや、他の昆虫を捕らえてその体液を吸うもの、さらには、哺乳類から吸血するものまで、食性は多様です。大豆、野菜、果樹などの農作物を吸汁するものも多く、重要な農業害虫として知られているものも少なくありません。その中には水稲を吸汁するカメムシも含まれます。
ホソハリカメムシ | クモヘリカメムシ |
水稲を吸汁するカメムシの多くは、籾に口針を突き刺して吸汁し、吸汁した部位を黒く変色させます。この変色した玄米は「斑点米」と呼ばれ、食べても人体には害はないものの、見栄えが悪くなるため、米の品質低下につながります。
最近では、これまであまり問題にされてこなかったイネカメムシという種類のカメムシが日本各地で被害を拡大させています。現在、日本中の研究者や指導者がこのカメムシの防除技術の開発に懸命に取り組んでいます。
2010年から2020年の間には、イネ縞葉枯病(いねしまはがれびょう)という水稲の病害が九州、近畿、関東地方で大きな問題となりました。この病害は、イネ縞葉枯ウイルスが原因であり、ヒメトビウンカと呼ばれる体長3-4mm程度の小さな昆虫がその媒介者です。一度ウイルスに感染した植物を治療する方法は存在しないため、ヒメトビウンカをしっかり防除することが重要です。
2015年頃から国や県の研究機関、普及指導機関において、本病の被害回避を目的としたプロジェクト研究が推進され、様々な防除技術が開発されました。また、同時期にヒメトビウンカに高い効果を示す農薬が登場したこともあり、2024年現在では被害は比較的落ち着いています。しかし、ウイルスを持ったヒメトビウンカは依然として高い割合で存在し、イネ縞葉枯病の発生が続いている地域も少なくないため、本病による被害がいつ再興してもおかしくない状況です。ヒメトビウンカは今後も警戒が必要な害虫の一つと言えます。
2020年頃から、淡水性の巻き貝であるスクミリンゴガイによる水稲の食害が急増しています。南米原産のこの貝は、日本には1980年頃に食用として台湾から導入され、各地に養殖場が作られました。しかし、食用需要は高まらず、養殖業者の廃業にともない、野生化した貝が水田に広がりました。
この貝は寒さに弱く、冬の間に多くの個体が死亡します。そのため、これまでは九州地方など冬が温暖な地域でのみ問題となっていましたが、近年では、温暖化の影響のためか、近畿、中部、関東地方でも広がりを見せています。やわらかい葉を好んで食べるため、田植えしたばかりの水田が被害にあっています。
これまで被害がなかった地域では、対応が遅れてしまい、新聞やテレビなどのマスコミでも大きな被害が発生している水田の様子が繰り返し報道されました。今後も気候の温暖化が続けば、貝の越冬可能地域が広がることが予想されます。
すでに発生している地域では被害回避の取り組みを実施し、まだ発生していない地域では新たな侵入を防ぐための取り組みに力を入れていますが、スクミリンゴガイによる被害は簡単には終息しないでしょう。
ここまで水稲で問題となる害虫や貝を紹介しましたが、これらの発生を予測する技術開発も進められています。農林水産省は、水稲の主要な病害虫を対象に、長期気象予報や圃場のリモートセンシングデータ等を活用した発生予測手法の開発を進めており、民間事業者を通して生産者に提供するための技術基盤の構築を進めています。民間企業でも、衛星画像とAI分析による栽培管理支援システム、1kmメッシュの農業気象データを用いた作物の生育予測に基づく実施業務の最適化ツールなどが提供されています。
また、対象種の発生量や発生時期を予測する技術の開発も進行中です。私自身もこうした研究に携わっていますが、多くの害虫被害は、害虫の存在だけでなく、周辺環境、土地利用状況、農作物の栽培体系、気象などが複雑に絡み合って発生しています。この仕組みを詳細に解明することで、まん延の要因となる要素の一つを少し変えるだけで被害を大幅に軽減できる可能性があることに気付きます。
私はカメムシ類などの害虫やイネ縞葉枯病のような昆虫媒介性の病害を対象に、野外調査、室内実験、データサイエンスを駆使してリスク予測や防除技術の研究を行っています。こうした研究を通じて、未来の農業における害虫対策の新たな戦略を見出し、持続可能な農業の発展に寄与したいと考えています。