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京都“ロングセラー”グルメの旅⑪ 抹茶は、苦くない。京都の老舗が一番茶にこだわり続ける話

津曲 克彦

ライター

京都“ロングセラー”グルメの旅⑪ 抹茶は、苦くない。京都の老舗が一番茶にこだわり続ける話

津曲 克彦

ライター

京都のある老舗茶舗が手がけるカフェで、抹茶アイスをいただきました。一口食べて、思わず手が止まりました。苦くない…甘い。じんわりとした甘みと旨みが口の中に広がる、意外な味わい。「高級茶葉を使っているから、甘いんですよ」とスタッフの方がさらりと教えてくれました。抹茶が苦いのは当たり前だと思い込んでいた私には、少し驚きの一言でした。今回は、知っているようで知らない、抹茶の甘みをめぐる話です。

「抹茶は苦い」はなぜ広まったのか

コンビニやカフェチェーンに抹茶ラテや抹茶フローズンドリンクが並ぶようになり、「MATCHA」は今や世界的なブーム。抹茶チョコや抹茶クッキーは土産品としてすっかり定着し、国内外を問わず抹茶スイーツを目にしない日はないほどです。

こうした市販の抹茶製品の多くが、鮮やかな緑色と強い苦みで「抹茶らしさ」を演出しています。コストを抑えるために覆下栽培を行わない茶葉や、二番茶・三番茶もブレンドして使用するケースがあり、こうした茶葉はカテキンの比率が高くなるため、苦みが際立ちやすくなります。「抹茶といえば苦い」というイメージは、こうして知らず知らずのうちに刷り込まれてきたのかもしれません。

一方、茶道で用いられる高品質な抹茶とは、大きく異なります。厳選された茶葉を丁寧に点てた一椀は、苦みよりも旨みと甘みが際立つ、別格の味わい。ところが茶道の経験がない人にとって、抹茶を口にする機会といえばソフトクリームやペットボトル飲料が中心です。「苦いのが本物の抹茶だ」という誤解が生まれるのも、無理のないことかもしれません。

甘みの正体——一番茶と覆下栽培の秘密

高品質の抹茶の原料となる「てん茶(碾茶)」は、一般的に収穫の約20日前から遮光シートや藁などで覆う「覆下(おおいした)栽培」が行われます。日光を遮ることでカテキンの生成が抑えられ、甘みと旨みの成分「テアニン」(アミノ酸の一種)が葉の中にぐんと蓄積される仕組みです。

さらに重要なのが、収穫の時期。4月下旬から5月初旬ごろに摘まれる「一番茶」は、冬の間に茶樹の根にたっぷりと蓄えられたテアニンを豊富に含む、格別の茶葉です。二番茶(6〜7月)、三番茶(8〜9月)と収穫を重ねるにつれてテアニンは減り、苦みが増していきます。「高級茶葉だから甘い」というスタッフの言葉の裏には、こうした丁寧な手間が積み重なっていたのです。

お茶と京都の、長くて深い縁

こうした栽培の知恵が京都で育まれてきた背景には、お茶と京都の長い歴史があります。その始まりは、鎌倉時代。臨済宗の開祖・栄西が中国・宋から持ち帰った茶の種を、高山寺(京都市右京区栂尾)の明恵上人がその地に植えたことがきっかけです。この栂尾の茶は「本茶(ほんちゃ)」として珍重され、後に他産地の茶が「非茶(ひちゃ)」と区別されるほどの高い評価を得ました。

室町時代には足利幕府の庇護のもと、京都・宇治の茶業が発展。全国に名を馳せた宇治茶は、抹茶の原料となるてん茶の主要産地として、今も老舗茶舗を支え続けています。江戸時代には将軍家への献上茶を運ぶ「お茶壺道中」が行われ、その様子は童謡「ずいずいずっころばし」にも残されています。そして千利休が侘び茶の精神を確立したことで、お茶は単なる飲み物を超えた、美意識の表現へと昇華されました。長い歴史の中でお茶と歩んできた京都だからこそ、一番茶や覆下栽培にこだわる老舗が今も守られてきたのでしょう。

新茶の季節に、本物の甘みを一杯

4月から5月にかけての新茶の季節は、一番茶が出回る最良の時期です。「抹茶は苦い」という先入観を持ったまま飲むのと、甘みの正体を知ったうえで味わうのとでは、きっと印象が変わるはずです。取材でいただいたあの一口の甘みは、覆下栽培の手間と一番茶の恵みが重なった、忘れられない味わいでした。今年の新茶の季節は、京都で本物の抹茶をぜひ一杯味わってみてください。