絵本には、子どもたちが大好きな食べ物がたくさん登場します。一度食べてみたいと幼心に感じた人も多いのではないでしょうか。絵本研究者で龍谷大学文学部教授を務める生駒幸子先生に、絵本と食べ物の切っても切れない関係を語っていただきます。
この連載では2023年の秋に、『14ひきのあさごはん』を取り上げたことがありました。今回はあらためて、〈14ひきのシリーズ〉全12冊を通して描かれた「食」について、思いを巡らせてみたいと思います。作者のいわむらかずおさんは、2024年12月にお亡くなりになりました。戦後の絵本文化を支えてこられたいわむらさんへの追悼の気持ちも込めながら、お話したいと思います。
<シリーズデータ>
14ひきのシリーズ(全12冊)
作・絵:いわむらかずお
出版社:童心社
刊行:1983〜2007年
<シリーズ紹介>
森の奥で暮らす、おとうさん、おかあさん、おじいさん、おばあさん、そしてきょうだい10ぴき、あわせて14ひきの野ネズミの家族。その日々の暮らしを、四季折々の自然とともに丁寧に描いたのが〈14ひきのシリーズ〉です。1983年の『14ひきのひっこし』『14ひきのあさごはん』にはじまり、2007年の『14ひきのもちつき』まで、およそ四半世紀をかけて全12冊が刊行されました。日本での人気はもちろん、数多くの言語に翻訳され、世界中の子どもたちを魅了し続けています。
〈14ひきのシリーズ〉と聞いて、まず思い浮かぶのは、あのふわふわとした毛並みの、なんとも愛らしい野ネズミたちの姿ではないでしょうか。やわらかな色づかいで描かれた森の景色は、いつまでも眺めていたくなる美しさです。
けれども、12冊をあらためて一冊ずつ読み返してみて、私はあることに気づきました。ほとんどすべての絵本に、家族みんなで食べる場面が描かれているのです。しかもそれは、決してついでに添えられたシーンではありません。
いわむらさんご自身が、こんな言葉を残しておられます。「シリーズの中で初めから描きたかったのは、食事のシーンです。食卓を囲んでいる時間が、世代を越え国を越え、家族にとって一番の幸せな時間だからです」(第20回絵本学会大会、2017年5月)
つまり、この絵本は「食べること」を真ん中に置いて描かれた物語なのです。そしてその「食べること」を丁寧に見ていくと、ただ可愛くて温かいだけではない、もっと深いものが描かれていることが分かってきます。いわむらさんが子どもたちに手わたそうとした、「食べる」ということの本当の意味。今回は、そこを一緒にたどってみたいと思います。
シリーズの第一作『14ひきのひっこし』(1983年)は、その名のとおり、野ネズミの一家が引っ越しをするお話です。森の奥をめざして出発する場面から物語ははじまるのですが、その道中には、イタチが登場します。
小さな野ネズミたちにとって、イタチのような大きな動物は、自分たちを狙う恐ろしい存在です。そもそも一家が引っ越しをしなければならなくなったのも、住んでいた場所の木が切られ、暮らしの場が失われてしまったから。開発によって環境が変わり、住処を追われる——その緊張感が、物語の最初にきちんと描かれているのです。
『14ひきのひっこし』
開発によって住む家を追われた野ネズミの家族が、いのちからがら引っ越しをする。みんなで力を合わせて新しい家、川を渡る橋、水道を作る。働いたあと、家族がロウソクひとつの灯りを囲み、夕飯を食べる。
食物連鎖、とまで言ってしまうと少し堅苦しいかもしれません。けれども、「食べる・食べられる」という自然のなかにある厳しい関係性が、この絵本にはたしかに描かれています。私たち人間も、実は同じですよね。何かの命をいただかなければ、生きていくことはできません。
一見すると、可愛らしくてほのぼのとした絵本。でもその奥には、命をいただかなければ生きられないという自然のリアルが、静かに横たわっている。それを、いちばん幼い子どもたちにどう伝えるか——いわむらさんは、そこにとても苦心されたのだと思います。やさしい絵だからこそ、厳しい現実がそっと、けれど確かに手わたされていくのです。
もう一つ、シリーズを読んで胸を打たれるのは、この一家の暮らしがまるごと「手づくり」だということです。
いわむらさんは絵本作家としてデビューした1970年に東京都杉並区から自然が多く残っている多摩丘陵の団地へ引っ越しをしています。子育てや子どもの本の仕事をするなかで、幼い日に慣れ親しんだ雑木林で遊んだ日々を懐かしく思い出したそうです。自然のなかできょうだいや仲間と一緒に、野原や川で泥んこになって思い切り遊ぶ楽しさは、絵本のなかにも描かれています。
いわむらさんはその後も自然の中で生きる道を模索し、1975年には一家で栃木県益子町へと移り住みました。雑木林の中で暮らすという一大決心をして、友人たちの力も借りながら、自分たちの手で家を建て、井戸を掘り、畑を耕したそうです。そうやって暮らしをまるごとこしらえていった。〈14ひきのシリーズ〉は、まさにいわむらさん一家の物語でもあるのです。
その手づくりの精神は、絵本の食卓にもそのまま息づいています。『14ひきのあさごはん』(1983年)のあさごはんは、子どもたちが摘んできた野イチゴ、お父さん特製のきのこスープ、そしてどんぐりのパン。どれも、森の恵みをいただき、足りないものは自分たちの手でこしらえたものばかりです。『14ひきのやまいも』(1984年)では、木に登り、土を掘り、泥んこになって大きな山芋を掘りあて、千切りに、鍋に、とろろにと、食卓は山芋づくしのにぎやかさ。竹を切ってコップにしたり、木を削って食器をこしらえたり——そんな細やかな描写のひとつひとつが、なんとも愛おしいのです。
2025年11月、私はいわむらかずお絵本の丘美術館を訪ねました。豊かな自然に囲まれたこの美術館では、いわむらさんのお子さんたちが学芸員として活動を受け継いでおられ、敷地の草はらや雑木林で「昆虫観察会」や「リスの道づくり」など、今も子どもたちとのワークショップが続けられています。『14ひきのかぼちゃ』(1997年)は、絵本の丘農場の畑のかぼちゃづくりを観察して作りあげた絵本だそうです。育てるところから、とるところ、つくるところまで。「食べる」の手前にある、たくさんの手仕事。それを絵本の中でていねいに描いたいわむらさんは、暮らしそのものを、ずっと大切にされてきた方なのだと感じました。
いわむらかずお 絵本の丘美術館(栃木県那珂川町)
絵本の丘美術館のティールームで、野菜いっぱいの美味しいカレーをいただきました!
今、私たちの食卓には、魚は切り身の姿で、お肉はスライスされた状態で並びます。とても便利ですが、その一方で、子どもたちは、目の前のごはんがどこからやってきたのか、育てて、とって、料理して、自分の前に並ぶまでのプロセスを、なかなか知る機会がありません。
いわむらさんの絵本は、そのプロセスを、ごくシンプルなかたちで見せてくれます。食べることができる、そうやって自分が日々を生きていけることは、決して当たり前ではないんだよ、と。
この「当たり前じゃない」というまなざしの奥には、いわむらさんご自身の原体験があるように思います。1939年に東京で生まれたいわむらさんは、幼い頃を戦争のただ中で過ごしました。戦火が激しくなると、わずか5、6歳でお兄さんとともに、両親と離れて秋田へ疎開します。親と離れて暮らす寂しさ、そして食べるものがなくなっていくひもじさ。それが、強烈な思い出として残っているのだそうです。食べることができるありがたみを、身をもって知っている方だったのですね。
『14ひきのもちつき』
だからこそ、シリーズには「分け合って食べる喜び」がくり返し描かれます。『14ひきのもちつき』(2007年)では、もち米をふかし、臼と杵を用意して、ぺたんぺたんとみんなでお餅をつく。つきたてを、きな粉餅やあんころ餅にして、家族そろっていただきます。『14ひきのおつきみ』(1988年)では、お月さまにお供えしたどんぐりや栗、お団子を、みんなで分け合う。夕暮れの空がぶどう色に染まっていく色彩の美しさは、いわむらさんが実際に夕暮れをじっと観察して描かれたものだと聞きました。その粘り強いまなざしにも、頭が下がります。
『14ひきのおつきみ』
今夜は家族でお月見です。お月さまにお供えしたどんぐり、栗の実、お団子をみんなで美味しくいただきます。
苦労してとってきたもの、育てたものを、みんなで分け合っていただく。だからこそ、そのおいしさは格別なのです。
『14ひきのあきまつり』(1992年)には、森の実りを前にした、こんな一言が出てきます。「ありがとう、おいしいね」。命をいただくことへの感謝と、それをみんなで分け合う喜びが、この短い言葉にぎゅっと詰まっているようで、私はとても好きな場面です。
実を言うと、私がこれほど14ひきの絵本に惹かれるのには、個人的なわけがあるのかもしれません。私の父は、戦後に貧しさを経験した人でした。子どもたちにひもじい思いだけはさせたくなかったのでしょう、日曜日の朝には、パン屋さんでパンを買い込み、母がこしらえた具をたっぷりはさんで、山盛りのサンドイッチをつくってくれました。そして、毎年、親戚みんなで集まって餅つきをするのが、我が家の恒例でした。決して裕福ではなかったけれど、食べることを大切にしてくれた父の記憶は、今もあたたかく心に残っています。いわむらさんの描く食卓に、私はきっと、その光景を重ねているのだと思います。
いわむらさんにお会いしたいと思いながら、それは残念ながら叶いませんでした。家族みんなで楽しく食卓を囲むことができる、それは世の中が平和だから。この絵本に込められているのは、いわむらさんの平和への祈りではないかとも思うのです。雑木林から生まれた絵本たちは、海を越えて、今も世界中の子どもたちのもとへ届いています。命をいただくこと、それをみんなで分け合うこと。その大切さを、いちばんやさしいかたちで手わたしながら。
【謝辞】
この記事を書くにあたり、いわむらかずお絵本の丘美術館の学芸員・岩村康一朗様、岩村佐保子様に、貴重なお話をお聞かせいただきました。〈14ひきのシリーズ〉の食事場面および肖像写真の掲載をご快諾くださった同館に、心より感謝申しあげます。
【参考文献】
・いわむらかずお絵本の丘美術館 https://ehonnooka.com/
・童心社「14ひきのシリーズ」特集ページ https://www.doshinsha.co.jp/special/14hiki/14main.html
・『絵本学会NEWS』No.59、絵本学会(2017年10月24日)
・絵本と食べ物のおはなし⑨『14ひきのあさごはん』-作者が描きたかった食卓の光景-(2023.9)
https://mog-lab.com/2023/09/post-272.html
・生駒幸子「特集2 追悼 絵本作家いわむらかずおの仕事をたどる」『絵本BOOKEND2026』第23号、絵本学会、2026年6月(pp.48-51)