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食と農を通じて学ぶ、持続可能な地域の在り方(前編)

今里 佳奈子

龍谷大学政策学部教授

食と農を通じて学ぶ、持続可能な地域の在り方(前編)

今里 佳奈子

龍谷大学政策学部教授

日本の原風景が残る、海川里の資源に恵まれた宇川(うかわ)地区。京都府北部、丹後半島先端部に位置し、経ヶ岬や袖志(そでし)の棚田をはじめとする景勝地が点在、天然アユが遡上する清流や海水浴場、キャンプ場など豊かな自然を堪能することができる地域です。

一方で、2015年までの20年間の人口減少率は39%、高齢化率も48.5%に上り、伴って銀行やスーパーなどの生活関連施設・サービスが次々に撤退しています。

 

このような課題に住民とともに向き合い、持続可能な地域の在り方を模索するのは、龍谷大学政策学部の今里佳奈子教授。

2015年から、宇川地区をフィールドに住民と寄り添い、地域活動への参画や、賑わいをつくるための開発を学生たちと共に続けてきています。当初より、短期的で一過性の活動で終わらせないように、10年間は継続する覚悟で臨んだ活動も、今年で7年目を迎えました。

 

今回は、ご自身の名を冠した田んぼを持ち、すっかりと地域に溶け込んでいる今里教授から、過去の活動についての成果や展望などをうかがいました。

宇川地区との出会い

私は、龍谷大学に赴任する2015年までの28年間を九州で過ごしました。なかでも16年間在籍した熊本県立大学時代には、教壇に立つかたわら、NPO法人の理事(事務局長)として食を介した交流の場となる自然食レストランを営んだり、都市と農村の交流をテーマにした、今で言う「アグリツーリズム」の走りのようなものに取り組んだりしました。
当時の熊本では、市町村合併が検討課題にあがったこともあり、大学では1995年頃から県内にある94の全市町村で調査を実施。農村部の自然や人々の暮らしの豊かさに触れた一方で、過疎や人口減少に悩む地域の姿をまざまざと目にしたことが、都市と農山村の交流等に取り組むきっかけになったのではないかと思います。

持続可能な地域のあり方を現場で考える

私のゼミでの研究テーマは「持続可能な地域のあり方を自治・協働の観点から考える」。
人口の減少が進む地域にあっても、地域の人々が暮らし続けたいと思い、また実際に生き生きと暮らし続けられる地域を、環境を守り、小さな経済をまわしつつ、住民の自治と様々な主体の協働によってどのように作っていくのかということです。

地域づくりは一朝一夕にはできない。そこで宇川地区で少なくとも10年は継続的に活動を行うこととしました。以来、月に1度はゼミ生が宇川を訪れ、様々な活動を続けています。

今里田(いまさとでん)プロジェクト

ゼミでは、主に、「地域活動」「プロジェクト活動」「調査・研究活動」の3つを柱に活動を行っていますが、ここでは主に「プロジェクト活動」についてお話したいと思います。

プロジェクト活動とは、学生自身が、地域と接するなかで地域の課題を発見し、取り組んでいく活動のことです。ゼミで代々引き継がれるプロジェクトもあれば、毎年中身が変わるものもありますが、共通点を挙げるとするならば「学生自身が持続可能な地域づくりにとって課題となっていることを発見し、課題解決に向けて取り組む活動」だといえます。

いくつかのプロジェクトがありますが、初年度から進めているのが「食と農を通じ、持続可能な地域のあり方を考え実践するPJT」。私たちは「今里田プロジェクト」と呼んでいます。

今里田は、山の水源に近い場所にある田んぼで、広さは約1反(10a)。ここで、完全無農薬、手植え、手刈りでコシヒカリを作っています。とはいえ、1ヶ月に1度の合宿で米作りの全てを行うことはできません。普段は土地の所有者でもある農家の戸根さんが丁寧に田んぼを管理してくださっています。

学生が参加して行う田植えや稲刈りは、昔の農業のやり方をよく知る70代~80代の女性たちを中心とした地域の方々に手伝っていただいたり、時には地域の子どもたちも参加してもらったり、地域交流にも一役買っています。

ちなみに地域の方がいつの間にかこの田んぼを「今里田」と名付けたのですが、その時「『今里』は”new Village”(新しい村)と訳すこともできる。この田んぼにぴったりの名前だね」と言われたことが、強く印象に残っています。私の苗字がついた田んぼができるなんて…と、当初は恥ずかしい気持ちもあったのですが、今では多くの地域の方に認識していただき、嬉しい気持ちでいっぱいです。

宇川地区の方々との交流

宇川地区に入るにあたり、私たちは地域の方々との交流を大切にし続けています。
14の集落で構成された宇川地区は、それぞれの自治区で様々な活動が行われていますが、宇川アクティブライフハウスという地域の拠点でも、集落を越えた活動や交流が盛んになっています。2019年度からは農林水産省の補助(農村漁村振興交付金)も受けて宇川スマート定住促進協議会も立ち上がり、「宇川金曜市」など様々な活動が広がっています。

この「宇川金曜市」に美味しい惣菜を提供してくれているのが地元の主婦の方々が中心となって地元産品を用いた六次産業化を行う「宇川加工所」です。私たちはここのメンバーになるとともに、放課後教室などで子どもたちと交流したり地域の清掃や祭りなどにスタッフとして参加したりするなど、積極的に関わりを持っています。

宇川地区での活動が深化するに従い、顔見知りの人が増えただけでなくゼミ内でも先輩から後輩へ地域との関わり方や接し方、地域への捉え方といったことを受け継ぐ文化も育まれました。

カレー作りを通してプチ六次産業化をめざす

秋になって収穫した今里米は、龍谷大学の生協などで販売しました。しかしながら、1反のお米を1年間手間暇かけて作っても、それほど利益が出るはずもありません。また、お米を売って利益を得るのが目的ではなく、何か付加価値をつけ、宇川の魅力につながる活動に出来ないかというのが、次の課題でした。

そこで学生たちが思いついたのが、今里米で作る米粉を用いたカレーです。
経ヶ岬で毎年行われる「灯台祭り」での販売を目指し、開発を進めました。当初は、地域の方から「あんたたちカレーのことわかってないね」と厳しい指摘を受け落ち込んだこともありましたが、宇川加工所の方々からアドバイスをいただき、祭では1日で5万円ほどの売上を達成。地域で育てた野菜や地域の高校生が開発したサバ缶を用いることで、プチ経済循環の流れも理解することができました。

次の代の学生は、カレーの味を進化させようと、カレーの料理教室にも通い、スパイスの調合をイチから学びました。市販のルーを使わず独自に創り上げたカレーを、地域のお祭りでも食べていただき、たいへん好評でした。このカレーのプロジェクトは、次の代の学生にも受け継がれ、進化を続けています。(後編に続く)