TOP / Business / コロナ禍を乗り越えて、繋いだ地域の魅力発信プロジェクト。
コロナ禍を乗り越えて、繋いだ地域の魅力発信プロジェクト。

今里 佳奈子

龍谷大学政策学部教授

コロナ禍を乗り越えて、繋いだ地域の魅力発信プロジェクト。

今里 佳奈子

龍谷大学政策学部教授

京都、丹後半島先端部に位置する宇川地区は、人口減少、高齢化、それに伴い生活関係サービスなどの相次ぐ撤退を受け、地域住民やNPOを中心に、地域を守っていこうという活動が進められています。

2015年から、地域住民やNPOと連携して地域の課題解決に取り組むのは、龍谷大学政策学部の今里ゼミ。地域活動に学生と共に参画しながら、休耕田を活用して作る無農薬米や地元産食材を使ったカレーの開発など、宇川地区が誇る食と農の魅力を発信するプロジェクト等に取り組んできました。

しかし、世界中を襲った新型コロナ感染症の影響で、プロジェクトは例年とは違った形で進行せざるを得ない状況に。宇川に入ることすらままならないなか、今里ゼミの生徒たちはどうやってプロジェクトを進めたのでしょうか。2019年、2020年に活動に関わった学生4名にお話をうかがいました。

藤田実紗さん(4年生)
今里ゼミの情報発信・広報プロジェクトチームのリーダー。宇川の観光・グルメ情報を紹介するパンフレット『うかわたび』の制作を担当した。40名が所属するゼミのリーダーとして、獣害に関する調査・分析の研究結果を発表。毎年開かれている「龍谷大学政策学部合同演習討論会」で総合1位の栄誉に。「京都から発信する政策研究交流大会」(主催:公益財団法人大学コンソーシアム京都)でも優秀賞を受賞した。

リモート取材とSNSを活用して観光パンフレットを制作

今里ゼミでは、2016年から毎月1回の頻度で、ゼミの活動を地域の方々に伝える『月報今里』という新聞を作り、全戸配布してきました。合わせてSNSを通じて、宇川の魅力を全世界に発信する取組も続けています。先輩たちが築き上げた情報発信の仕組みを更にブラッシュアップしようと考えていた矢先に、コロナ禍で宇川地区に行けない状況になってしまったんです。
そこで、プロジェクトチームのメンバー内で話し合い「離れた場所からでも宇川の魅力を発信できる成果物を作りたい」と、宇川を紹介する観光パンフレットを制作することに決まりました。とはいえ、直接取材先に行けないので、現在宇川スマート定住促進協議会の事務局員をされているゼミの先輩や、地域の若い方々にご協力いただき、取材はリモートが中心になりました。

観光パンフレットを制作するにあたって、一番大事にしたのは宇川の魅力である美しい景色をビジュアルで読者に伝えることです。宇川に行ってみたい、住んでみたいと思ってもらえたらうれしいなと考えました。
宇川地区の景観の画像は、地区の方と対面にならないように配慮した上で撮影したものとFacebookを通じて地区の方々から画像を送っていただいたもので構成しました。初めてガイドブックの制作を進めるなかで、どんな誌面にすれば良いか、イメージを固めることに苦労しましたね。

宇川地区の人々からの反響

これまで京丹後市全域を対象にした観光パンフレットはあったのですが、宇川地区に特化したものはなく、地域の方に宇川の魅力について尋ねても「何もない」または「景色しかない」という声がほとんどでした。
けれども、宇川には、地元の方にとっては見慣れた景色であっても、外部の人間には新鮮に映るものがあります。
例えば、私たちが月に1度の合宿で訪れている地域には、ノスタルジックな「エモい」景色が広がっていて、ぜひガイドブックに盛り込もうと思いました。
宇川の観光・グルメ情報はもちろん、こうした市販のガイドブックにはない要素も盛り込んだ『うかわたび』は、地区の方々から「まちの情報が形になっている」「見慣れた景色も新しい視点で切り取ると綺麗に見えるんだね」と、喜んでいただきました。
とりわけ私が強く印象に残っているのが、巻末のページです。ゼミ生がこれまで撮影してきた画像と宇川の方々から送っていただいた画像を見開きで紹介しているのですが、お祭りの様子やかわいいお孫さんの画像もいただき、本当に宇川の方々の協力があってこそ、この『うかわたび』はできたのだなと感じています。

ゼミ長としてもメンバーを牽引。合同討論会では1位に

今里ゼミでは、年間を通じてゼミ生全員で取り組むテーマを設定し、調査・研究を行っています。2020年度は、「宇川の獣害&山」をテーマに研究を進め、獣害の実態と課題を調査・分析。宇川地域の住民主体の組織、合同会社「けものがたり」による解決をはかる提案を行いました。12月に開かれた「政策学部合同演習討論会」では、先生や生徒のみなさんにご支持いただき1位に。「京都から発信する政策研究交流大会」でも優秀賞に選んでいただきました。みんなで力を合わせて頑張ってきただけに、ゼミ長としてすごくうれしい結果に結びついて満足です。
これまでの2年間宇川地区の農家の方々と関わったことで、宇川の農業が産業としてなりたっていない実情を目にしました。若い世代のなかには自ら販路を切り拓く方もいますが、高齢の方にとってはなかなか厳しいハードルです。卒業後は、こうした農家の方々をサポートするとともに、新しく農業を始めたいという方の後押しをする仕事に就きたいと思っています。

熊谷碧さん(4年生)
カレープロジェクトのリーダーとして、猪肉を使ったジビエカレーの開発のディレクションを担当。チームの取りまとめの他、マーケティングや外部との調整などを行った。卒業研究は「農山村における六次産業化についての研究」。

「ジビエカレー」を開発した理由

実は、元々カレーではなく、宇川の素材を使ったジャムを商品化しようと考えていました。ところが、新型コロナ感染症の影響でできる範囲が狭まり、正直なところ、商品開発自体ができるのか不安でいっぱいでした。
そこで思いついたのが、先輩たちが開発したカレーです。今里ゼミでは、2016年度から地域の田んぼで、手植え・手刈りの伝統的農法でコシヒカリを育てています。私たちはこのお米を、先生の名前にちなんで「今里米」と呼んでいます。3期生、4期生の先輩たちは、このお米で作った米粉と地元特産のサバを使ったカレーを開発し、地域の祭で販売。好評を得ました。付加価値をつけることで収益が上がることを実践的に体験されたのです。そんな先輩たちが残したものをブラッシュアップできないかと思い、カレーの商品化をめざしました。

宇川の魅力が伝わるこだわりが随所に

まずは、具材選びから。京丹後市では多くの地区で獣害に悩まされているのですが、宇川地区ではイノシシによる農作物や家屋等への被害が大きく、年間約160頭が捕獲されています。2020年度はゼミ全体の研究テーマに「獣害」をあげていたこともあり、ほとんどが捨てられてしまっているイノシシを活用できればと思い、猪肉を使うことにしました。野菜は可能な限り宇川産のものを使用しています。
缶詰を選んだのは、宇川の方々はもちろん、地域外の方々にも宇川の魅力を知っていただくことが狙いです。缶詰の製造には、地域おこし協力隊の方からたくさんの助言をいただきました。
商品の顔ともいえるネーミングは、マーケティングで学んだ「言葉のかけあわせ」を意識し、『宇川をかける~山の見えるカレー~』と命名。「宇川の魅力を詰め込んだカレーをごはんに『かける』」という意味と「地域の内と外の人の間に橋を『架ける』」という意味が込められています。

パッケージのデザインにもこだわりました。イラストは、宇川の方々の温かな人柄が伝わるように水彩画をイメージして、「棚田百選」に選ばれている袖志の棚田や美しい日本海などを盛り込み、獣害の存在を伝えるためにイノシシも加えました。
もちろん、これら全てを私たちだけでできたわけではありません。食材の調達はもちろん、缶詰の製造には地域おこし協力隊の方から協力をいただき、パッケージのデザインは地域おこし協力隊の方からご紹介いただいたデザイナーの方にお願いしました。開発費についても、京都府からの補助金以外にも、クラウドファンディングを通じてご協力いただいた多くの方のおかげでまかなうことができました。
個人的にはコロナ禍で大変だったからこそ、私たちを応援してくれた人たちが現れたのかなと感じています。コロナ禍でなかったら、こんなに完成度の高い商品はできなかったですね。

カレープロジェクトを通じて学んだこと

今回製造した約700缶は、宇川で毎週金曜日に開かれている「宇川金曜市」や龍大生協で販売しました。宇川金曜市では、TVや新聞などのメディアに取り上げてもらったこともあり、地元の方々にとても喜んでいただけました。これまでつながりがあった方はもちろん、一度もお話したことがない方とも、このジビエカレーを通じて触れあう機会につながりました。
企画から製造までオンラインで進める必要があったので、難しい場面にも度々遭いました。この経験を通じて、自分から積極的に発信することの大切さ、そしてチームで力を合わせて成し遂げる大切さを学びました。自分が社会に出たとき、この経験を糧にして外とのつながりを築く仕事に就きたいと思います。

井口茉保さん(4年生)
カレープロジェクトのレシピ担当。食に関心があり、スパイスや具材にこだわったレシピを開発した。卒業研究は、食生活についての研究。

グラム単位で味の印象が変わるスパイスカレーに苦戦

元々、食べることも料理をすることも好きだったので、今回のプロジェクトではレシピを担当したいと自ら立候補しました。
まずは市販のレトルトカレーやカレーの缶詰を食べ比べし、どんな素材やスパイスが使われ、どんな味を作りだしているのかを学びました。と同時に、他のカレーにはない、私たちが作るジビエカレーの個性や価値についても意識しました。
私たちのジビエカレーの特徴は、どの世代でも美味しく味わえる、甘すぎず、辛すぎない味付けです。スパイスは、ベースとなる分量を決めてから徐々に足りないものを補う形で調合しました。ところがスパイスの分量がほんのちょっと変わるだけで味わいが大きく変わることがわかり、それまで大さじ・小さじで測っていましたが、グラム単位で細かく調合するようにしました。スパイスの分量を細かく変えたり新しいスパイスを加えたり、いらないスパイスを削ったり…。自分が納得できる味を求めていくうちに、気がついたら試作は100回を超えていました(笑)。

試作品のレシピ

クセの強い猪肉をどう調理する?

ジビエカレーの素材のなかで、一番調理に難しさを感じたのが猪肉です。猪肉は脂身が多いのが特徴で、上手く生かせばコクのある味わいを引き出せますが、そのまま使うと強い臭みが残ってカレーの良さを打ち消してしまいます。また火を通すことで肉質が固くなってしまい、噛み切ることすら難しいということがわかりました。
そこで、キウイやパイナップル、お酒など様々な素材に漬け込むことで、猪肉の臭みと堅さを解消しようと実験を繰り返すことに。何に漬けこめば良いか色々と試していくうちに、ローズマリーと塩麹、赤ワインの組み合わせがベストだとわかりました。
その後も試作を重ねて、ようやく納得できる味が完成。最後に、お肉や野菜の大きさや分量、見栄えがそれぞれに異なる10種類の試作品を用意して、今里先生とゼミ生のみんなでどのカレーにするかを決定しました。

地区の方々からの評価に感動

商品化に先立ち、ぜひ宇川の方々にも食べてもらおうと、ほぼ完成した段階で試食会を企画。「猪肉の臭みが全然ない!」「美味しい!」と褒めていただき、味に厳しい方にも喜んでいただき、努力した甲斐があったと思いました。
約4ヶ月間にわたって試作品を作り続けるなかで、誰かに味を確かめてもらわないと独りよがりなものになっていました。例えば、私はブラックペッパーが好きなので、つい多く入れてしまいがちなのですが、ゼミのメンバーから冷静な意見をもらったおかげで、味を改善できたと思います。このプロジェクトを通じて、一人ではできないことの多さやみんなと協力していくことの大切さを学んだ気がします。

藤田稜平さん(3年生)
今里田プロジェクト現リーダー。新たなカレー開発に向けて、地域の農家とコンタクトを取り、全て宇川の野菜で揃えようと意気込む。

「宇川をかける~海の見えるカレー~」を開発中

5期生の先輩たちが作った「宇川をかける~山の見えるカレー~」をベースに、地元特産のサバを使った「宇川をかける~海の見えるカレー~」を開発しています。元々は、鹿のカレーを作ろうとしていたのですが、地元の方から宇川のごちそうで振る舞われるばら寿司にちなんで、サバの缶詰を炒めてフレーク状にしたものを使ってはどうかと提案していただきました。サバは、舞鶴にある京都府立海洋高校の生徒さんたちが開発したサバの缶詰を使用する予定です。

宇川産野菜を使って和風テイストの味わいに

今回作るカレーのもう一つの特徴は、使用する野菜を全て宇川地区で育まれたものに統一することです。先輩たちの時にはコロナ禍でその願いが叶わなかったのですが、耕作放棄地の活用が課題となっているので、今年度はぜひ宇川産の野菜を使いたいと考えています。
カレーには、ニンニクやショウガ、タマネギ、ジャガイモに加えて、宇川特産の海老芋も使う予定です。海老芋は京都ではポピュラーな野菜で、主に煮物に使われることが多いので、今回のカレーも先輩たちが作ったレシピをベースに、ダシや焦がし醤油をきかせた和風テイストに仕上げようと考えています。

宇川の食の魅力を詰め込んだギフトセットの企画も

カレーの商品化と合わせて進めているのが、今里田で作ったコシヒカリと2種類のカレーの缶詰を詰め込んだギフトセットです。観光客のおみやげ用だけでなく、宇川地区の方々がお歳暮やお中元、お持たせなどで使っていただくことも想定しています。
特に地元の農家の方にとって、自分たちが育てた野菜で作るカレーの缶詰が入っていることもあり、地元の方々にとっての誇りにつながれば嬉しい限りです。新しい六次産業化の取組として、ぜひこれも形にしたいですね。