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琵琶湖の淡水シジミがいなくなる!?水温上昇による負の影響を分析

岸本 直之

龍谷大学先端理工学部環境生態工学課程教授(生物多様性科学研究センター 兼任研究員)

琵琶湖の淡水シジミがいなくなる!?水温上昇による負の影響を分析

岸本 直之

龍谷大学先端理工学部環境生態工学課程教授(生物多様性科学研究センター 兼任研究員)

ふっくら大きな殻を持ち、身は肉厚で味わいも抜群と言われる琵琶湖の淡水シジミ。味噌汁の具材はもちろん、しぐれ煮や炊き込みご飯にして、食卓に並んでいた淡水シジミの収穫量が激減しています。昭和40年代の最盛期と比べると、現在の漁獲量はわずか1%程度に。琵琶湖の固有種として親しまれてきた水産資源が、この世から消えつつある原因と対策についてお話しします。

琵琶湖の淡水シジミに関する論文が話題に

2023年5月公開の『水環境学会誌46巻3号』に、滋賀県琵琶湖環境科学研究センターと東レテクノ株式会社と龍谷大学が共同研究を進めてきた『琵琶湖産淡水シジミのろ水速度および生育可能条件の評価』の論文が掲載されました。そこで明らかになり話題となったのが、湖沼温暖化が琵琶湖の淡水シジミの生育に与える負の影響です。なぜ琵琶湖の淡水シジミはこれほどまでに、いなくなってしまったのか。その手がかりを掴むため共同研究に用いたのが、培養実験と数理モデルでした。

自然を相手に調査を進める場合、今この瞬間の状況を分析することはできるのですが、対策をした場合と、しなかった場合の結果を比較・分析することが非常に難しいのです。琵琶湖という研究対象はひとつしかありませんから、対策をしてよい結果になったとしても、もしかしたら対策をせずとも良い結果が得られたのかもしれない、とも考えられる。これまでの調査方法では、結局のところ真実がわからない状況でした。

その壁を乗り越えるため、今回の共同研究では、調査や培養実験、分析を統合し、数理モデルとして自然の現状をモデル上に再現しました。数理モデル上の因子を動かすことで、湖沼温暖化が琵琶湖の淡水シジミの生育に与える影響を、客観的に評価することができたのです。月毎の南湖における淡水シジミの成長速度の変化を示したものが、琵琶湖南湖における淡水シジミの成長速度の季節変化(モデルによる予測値)です。ここから読み解けるのは、水温上昇によって夏場の消耗速度が増大するとともに、消耗期間も延長するという結果でした。

夏場の水温上昇が生存率の大きな鍵

通常、シジミは6月に産卵し、夏という暑く厳しい季節にほとんどが死に絶えます。わずかに生き残ったシジミが秋になって増殖。増殖はしないけれどあまり消耗もしない冬を越え、あたたかい春になるとまたグングン大きくなり、6月に産卵。という過程を繰り返しています。それが水温上昇によって、十分に太れないまま厳しい夏を迎えることになると、夏を乗り越えられないシジミが増えていく。つまりシジミの生存は、確実に困難になると予測できます。もちろん数理モデルには平均的な数値を入力しますので、地域によってばらつきはあると思いますが、水温上昇が壊滅的な結果を導くことは明らかだと考えます。

数理モデルによる評価の結果、水温が1℃上昇するとシジミの成長量は10〜20%程度低下することが予想されます。水温上昇によるシジミ減少を食い止める対策としては、南湖のシジミを水温の低い北湖に移動させること、同じく水温が低い深い水域に生息地を移動させることが必要なのではないかと思います。

「水質システム工学」で地域にメリットを

さらにシジミの生息地の移動と合わせて、多様な生物が共生できる沿岸域の環境保全をどう進めていくのか、ということも大きな課題です。沿岸域の生物は、湖底に溜まった砂泥の表面に住んでいます。ひと昔前は、人が水草を抜いたり、泥をかき出したりして、やわらかく耕された住みやすい砂泥の状態が保たれていた。しかし、昨今の湖底は人が手を加えず、カチカチに固まった状態です。そうなると生物は潜れないし生息も困難になります。湖底だけでなく砂浜も痩せていく一方で、生物が住めない状況も見られます。

私の専門は「水質システム工学」です。工学とは実学なので、環境問題に対して具体的なアクションを起こすことを重要視し、地域に対してメリットがある結果を導くための手段や方法を模索しています。
水質を含む環境問題の範囲はものすごく広いので、ひとつの技術ですべての問題が解決できるものではありません。世の中に無数にある技術やさまざまな立場の人の力を組み合わせ、問題解決に対応した機能を発現させる。いろんな要素を組織立て、全体で効果を生み出していけるのが「水質システム工学」の魅力だと考えています。

湖底の生物、砂浜の生物を守り、沿岸域の賑わいを取り戻すためには、教育機関と滋賀県との連携はもちろん、住民の方々の協力が不可欠です。住民の方々が保全活動を楽しみながら持続できる、サステナブルなシステムを構築していくことも私たちの役割だと考えています。