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「円滑なコミュニケーション」の秘密は「食」にあり。〜社会言語学からの考察

村田 和代

龍谷大学政策学部教授・学部長、Ph.D. (言語学)

「円滑なコミュニケーション」の秘密は「食」にあり。〜社会言語学からの考察

村田 和代

龍谷大学政策学部教授・学部長、Ph.D. (言語学)

「ともにご飯を食べることで、コミュニケーションがスムーズになります」と、語るのは、龍谷大学 政策学部 村田 和代教授。専門分野は社会言語学です。会話などのコミュニケーションを社会的な営みととらえ、人間関係や場面、状況、話題などとの関連からことばのやりとりを研究し、さまざまな人々の共生や持続可能な社会構築といった社会貢献を目指しています。

今回は、アフター・コロナでコミュニケーションにおける「食」の意義を再確認したという、自身やゼミ生の体験を、社会言語学からの考察を交えながらお話しいただきました。

コロナ禍を経て分かった、「食事とコミュニケーションのつながり」

「昨年、ゼミ生が中学の教育実習に行ったときのことです。コロナ禍において、中学校では給食を食べながら会話をしない『黙食』が求められていました。彼女は、生徒たちが前を向いたまま、黙って給食を食べていたことにショックを受けたそうです。

彼女が中学生140 名にアンケートをとったところ、『給食が楽しくない』が約70%でしたが、『黙食を疑問に思わない』が83%もいたそうです。多くの中学生が『楽しくない、でも黙食は仕方がない』と感じていたようです。

コロナ禍の前から、大人である私たちは『誰かと一緒にご飯を食べると、楽しい』と知っていました。友だちと雑談をしながら給食を食べたり、家族でその日あったことを話しながらご飯を食べたりする経験があったからでしょう。

コロナ禍で会食ができない時期、私は学生と、学内でこまめに会話をするようにしていました。円滑にコミュニケーションを取るためです。

会食ができるようになったこの春、卒業したばかりの学生約10名と一緒にご飯を食べながら雑談をしたところ、学生の1人が『こんなに楽しかったことはなかった』と、つぶやきました。

また最近は、ゼミ生たち13名と食事の場を設けました。それまでは、ゼミ生とはなかなか打ち解けられないな、みんなおとなしいのかなと感じていたのですが、ご飯を食べながらだと、恋愛やアルバイトの話題などがスムーズにできました。食事会を機に、ゼミ生とはグッと距離が縮まり、ふだんの大学生活のなかでも個人的な話ができるようになりました」。

「食」と「雑談」は、人と人との関係をつむぐ役割がある

「私がニュージーランドの大学院で在外研究をおこなっていた時のことです。朝10時45分から15分間、ミーティングルームでは『モーニング・ティータイム』がありました。教員や事務スタッフが、一緒にお茶やコーヒーを飲んだり、おやつをつまんだりしながら雑談をする時間です。しだいに分かっていったのですが、業務を頼んだり頼まれたり、みんなで何かを進めていったりすることがスムーズにおこなえたのは、この時間があったからこそなのですね。

まちづくりの話し合いで市民が参加する場合は、市民は所属も年齢もバラバラ、顔見知り同士ではないことがほとんどです。そんな話し合いの場で、その地域のお店のお菓子が用意されることがあります。すると『これって、地元の有名店のおやつですよね』『見ためもきれいですね』『私も好きなんです』という会話が生まれます。ちょっとした会話を交わすことで、話し合いで意見が言いやすくなったり、相手の話をもっと聞こうという姿勢が出てきます。私はこれを“おかしマジック”と呼んでいます。

今年4月に出版された『優しいコミュニケーション—「思いやり」の言語学』(村田和代 著/岩波新書)では、聞き手・受け手・コミュニケーションの相手に配慮した『優しいコミュニケーション』について、社会言語学の視点から分析しています。日常会話やビジネスシーンにおける、雑談の重要性についても提示しています。

言語を使用する主な目的は、情報伝達だと考えられています。しかし、実際のコミュニケーションを考察すると、情報伝達と同じくらい重要なのが『人と人との関係をつむぐ役割』だということが分かります。この考え方は、『食』にもあてはまるのではないでしょうか。食べることの第一目的は、栄養を摂取することです。『話す』シーンに『食べる』という行為をからめると、雑談が生まれます。雑談は、人と人との結びつきを確立したり保持したりする社会的機能があります。食事は、コミュニケーションを円滑にする潤滑油でもあるのですね。私はコロナ禍を経て、『食べる』ことは、人と人との密な関係性を築くことができるのだとあらためて感じました。

大学の学食ではパーテーションが取り払われ、食事をとりながら会話をする学生たちの姿が見られるようになりました。あなたは、誰かと一緒にご飯を食べるときと、1人でご飯を食べるときでは、自分の気持ちが違うと感じますか? かしこまった場面で、“食べること”をはさんだ場合に、コミュニケーションがスムーズにいったという経験はありますか?

コミュニケーションを円滑にしたい、誰かと仲良くなりたいと思った時、“食”は有効な手段です。あなたにとって“食”の役割は何なのか、どんな意味があるのかもあわせて考えてみるのもおもしろいですよ」。