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絵本と食べ物のおはなし⑩『せかいいち おいしいスープ』-石から作るスープとは?-

生駒 幸子

龍谷大学短期大学部准教授、博士(人間科学)

絵本と食べ物のおはなし⑩『せかいいち おいしいスープ』-石から作るスープとは?-

生駒 幸子

龍谷大学短期大学部准教授、博士(人間科学)

絵本には、子どもたちが大好きな食べ物がたくさん登場します。一度食べてみたいと幼心に感じた人も多いのではないでしょうか。絵本研究者で龍谷大学短期大学部こども教育学科の准教授を務める生駒幸子先生に、絵本と食べ物の切っても切れない関係を語っていただきます。

<書籍データ>
せかいいち おいしいスープ
作・絵:マーシャ・ブラウン
訳:こみや ゆう
出版社:岩波書店
発行年:2010年

<あらすじ>
ある村にたどり着いたはらぺこの三人の兵隊。食べ物を分けてほしいと村人にお願いしますが、なかなかうまくいきません。そこで兵隊たちは、「石のスープを作る」と言い出しました。石からスープを作るってどういうこと? 村人たちは段々と兵隊たちに興味を示していきます。とんちのきいた話が小気味よい、フランス・ブルターニュ地方の民話をモチーフにした絵本です。

日本の絵本に影響を与えたマーシャ・ブラウン

今では色とりどりの素敵な絵本が本屋さんや図書館に当たり前のように並び、私たちは海外の絵本も日本の絵本も気軽に読めますが、それは戦後になって作家や画家、児童文学者と出版社が一緒になって熱心に絵本の出版に取り組んできたからです。特に優れたアメリカの絵本が、日本の絵本文化に大きな影響を与えました。マーシャ・ブラウンが手がけた絵本もそのひとつだといえます。

マーシャ・ブラウンは、三人姉妹の末っ子で、父親は牧師をしていました。幼い頃から本を読むこと、絵を描くことが大好きだった彼女は、高校の英語教師を3年間務めたあと、ニューヨーク公共図書館でアルバイトをします。ここで世界中から集まってきた子どもたちにストーリー・テリング(おはなし)をした経験が、子どもの本の仕事に携わるなかで大きなプラスになったのではないでしょうか。

まるで別人が描いたかと勘違いしてしまうほど、作品によって異なる多彩な画風が特徴で、これまでにコルデコット賞(※)を3度受賞しました。日本では『三びきのやぎのがらがらどん』(福音館書店、1965)が最も知られていて、日本のどの家庭、保育所、幼稚園にもある絵本だといわれています。ちなみに、このおはなしもノルウェーの民話を下敷きにしていて、食に関する要素が盛り込まれています。

※コルデコット賞…アメリカの児童図書館協会がアメリカ合衆国でその年に出版された最も優れた絵本に毎年授与している賞で、19世紀イギリスのイラストレーターであるランドルフ・コルデコットの名に因んで名付けられたもの

脚本の面白さと丁寧に作り込まれた世界観が秀逸

さて、今回取り上げる『せかいいち おいしいスープ』は、マーシャ・ブラウンの作品のなかでは決して有名なものではありませんが、この連載にあたり、ぜひともご紹介したいと思って選んだ、私の大好きな絵本です。

まずタイトルが絶妙ですね。以前出版されていたペンギン社では『せかい1おいしいスープ』(1979)というタイトルでした。原作は『Stone Soup』 (Charles Scribner & Sons, New York、1947)という題ですが、これだとネタバレになってしまいますね。ペンギン社版の翻訳を手がけた渡辺茂男さんのアイデアでしょうか。「せかいいちおいしいスープっていったいどんなスープだろう」と、思わず引き込まれてしまいます。

ウィットに富んだ物語のなかに、人々の生き生きした表情が印象的です。3人のはらぺこの兵隊や、鍋に石を3つ加えるなど、「3」という数字を意識した構成は世界各国の昔話に通底する要素。断り文句を何度も挿入するなど、「繰り返し」の要素も同じく昔話によく使われている技法だといえます。

脚本的要素だけでなく、丁寧に描かれた世界観も魅力です。たとえば、見返しの絵や宴会の場面に描かれるバグパイプのような楽器は、「ビニウ」と呼ばれるフランス西部・ブルターニュ地方の民族楽器です。多くのバグパイプは肩にかけたり、膝の上に乗せたりして演奏することが多いですが、ビニウは小型でパイプの数も少なく、両手で持って演奏できるのが特徴です。他にも物語に登場する器などの小道具についても、おそらく丁寧に時代考証をしてから描いたのでしょう。マーシャ・ブラウンの絵本づくりに対する真摯な姿勢をうかがわせます。

食べ物を分かち合う食卓の光景は幸せのシンボル

戦争で身も心もすり減らした兵隊と、自分と自分の家族を守るのに必死で、流れ着いてきた兵隊に食べ物を分け与える心の余裕もない村人たち。戦争に巻き込まれた両者は、共に被害者でもあるわけです。でも村人たちは、兵隊たちが作った「石のスープ」のおかげで、惜しみなく与え分かち合えば互いに幸福になれることを思い出します。石のスープは、真心や優しさを思い出すきっかけにつながっているのです。

さて、石のスープが完成し、兵隊と村人たちが食べるシーン。大きなテーブルや赤々と燃える松明(たいまつ)、温かいスープで体の冷えも取れ、頬が赤く染まった村人たちの顔。そして陽気な音楽や歌声、踊り。赤と黒のだけの印刷にもかかわらず、躍動感にあふれ、色彩が見えるかのようで、とてもリアリティがあります。

コロナ禍の期間中、こうしてみんなで食卓を囲む時間を持てなかったことは、本当に不幸なことだったと改めて感じています。親しい人や学生とも会えない時間はとても辛いものでした。こうした満ち足りた時間を持てるようになった幸せを噛みしめています。

ところで、石のスープとはいったいどんなスープなのか。まだこの絵本を読んだことがない方は、きっと疑問に思っておられるでしょう。ここでその全てを話してしまうと、それこそネタバレになってしまいます。ぜひ、手に取って読んでくだされば幸いです。

<参考文献>
・『絵本図書館―世界の絵本作家たち―』光吉夏弥 ブック・グローブ社 1990年(p.30-36)
・『バグパイプの仲間 ヨーロッパ 西アジアの様々なバグパイプ』
http://saisaibatake.ame-zaiku.com/gakki/music_bagpipe_etc.html