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京都“ロングセラー”グルメの旅⑤ 京都人は使わない言葉「おばんざい」の話

津曲 克彦

ライター

京都“ロングセラー”グルメの旅⑤ 京都人は使わない言葉「おばんざい」の話

津曲 克彦

ライター

京都の食を語るうえで外せない言葉「おばんざい」。
おばんざいとは、一般的に京都の日常的な家庭料理のことを指しますが、京都人が普段の食事で「おばんざい」という言葉を使うことはないようです。
筆者が京都での取材をする中で、よく使われるのは「おかず」「お惣菜」、変わったところでは「おぞよ」という家庭もありましたが、不思議と「おばんざい」はまだ聞いたことがありません。

いったい「おばんざい」という言葉は、いつ生まれ、どのように広まったのでしょうか。今回は、おばんざいにまつわるお話です。

ある和食店の取材で冷や汗をかいた理由

京都で取材を始めて3年目。京都市内のある和食店を取材しました。そのお店は、季節の野菜を使った多彩な料理を楽しめるお弁当が人気を集める、いわゆる「予約の取れないお店」。和やかに取材を進める中で、私は「こうしたおばんざいのレシピはどのようにして考えられるのですか」と店主さんに質問しました。

すると、店主さんは「おばんざいってどういう意味でおっしゃってますか?」と私に尋ねたのです。

想像もしなかった返事に私は戸惑い「京都の家庭料理のことを『おばんざい』と呼ぶと思っていたのですが…」とたどたどしく答えてしまったことを、今でも深く覚えています。

店主さんにとって、自身が手がけた料理を「おばんざい」と呼ばれることに違和感があったのでしょう。半分納得したような、半分納得していないような表情を一瞬浮かべ、その後気を取り直して料理のアイデアが浮かぶまでを丁寧に話してくれました。

私も微妙な空気を感じ取り、冷や汗をかく思いを感じつつ取材を終えました。以来、「おばんざい」という言葉を安易に使わないように気をつけています。

江戸時代末期に使われていた「おばんざい」

おばんざいは、漢字で「お番菜」と書きます。「番」は、番茶等に使われているのように「常のもの」を表し、常日頃口にする料理を表します。

      京都を代表する秋冬の野菜「海老芋」も、よく煮物などで使われる

かつて京都の町衆の食は質素なものだったそうで、季節の野菜を煮炊きしたものを並べて、お腹を満たしていました。京野菜のなかには、煮炊きすることでそのポテンシャルを最大限まで発揮するものもあります。また、「であいもん(出合い物)」といわれるものもいくつかあり、「ニシンとナス」「イカと里芋」「タケノコとワカメ」「お揚げさん(油揚げ)と水菜」など、京都の人は相性の良い素材を合わせた料理を作るのが巧みでした。

こうした京都の日常的な家庭料理を「おばんざい」と記した資料は、江戸時代末期に発行された『年中番菜録』が一番古いものといわれています。当時庶民がよく口にしていた食材を使った料理がわかりやすく整理されている文献で、食材をまとめた「番菜目録」のなかには、大根や人参、水菜や冬瓜、若布や豆腐、油揚げにこんにゃく、ハマグリやシジミ、小鮎にイワシなど、実に多彩な食材が記されています。当時の人も、きっと献立に困ったときに、この本を参考にしていたのでしょう。

当時、商家にはたくさんの奉公人がいて、身近な食材で作るおばんざいを食べていました。
月初めには「にしんこぶ」、8が付く日は「おあげとあらめの炊いたん」などを食べる風習もあったそうです。献立を考える手間をなくした、京都人の合理性が生んだ風習だといえます。しかし、時代が進むにつれ「奉公」というシステムが姿を消すなか、おばんざいという言葉も消えていったのではないかと考えられています。

新聞連載がきっかけで全国区の言葉に

おばんざいという言葉が再び世に出るのは、戦後20年近く経ってから。祇園生まれの随筆家・大村しげさんらが『おばんざい』というタイトルの連載記事を朝日新聞で始めたことがきっかけだといわれています。大村さんは、その生涯を通じて京都の食生活を中心とした随筆を雑誌や新聞などに寄稿し、書籍も多数著しました。はんなりとした京ことばで書かれた随筆は多くのファンを獲得するとともに、「おばんざい」という言葉もじわじわと全国的に広まりました。

京都の料理店を取材すると、ジャンルを問わず食材に対するこだわりを口にする料理人によく出会います。当然のことといえばそれまでですが「ハレの日に口にしてもらう料理だからこそ、美味しいものを提供したい」という、料理人の姿勢が垣間見えます。
一方、普段の食事はできる限り費用をかけずに、なおかつ美味しいものを食べたい。そんな始末の極意ともいえる結晶が、おばんざいなのではないでしょうか。