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京都のロングセラーグルメの旅「松風」

津曲 克彦

ライター

京都のロングセラーグルメの旅「松風」

津曲 克彦

ライター

歴史と伝統のまち・京都には、古くから愛され続けるグルメがたくさんあります。その魅力をご紹介するこの連載。第1回目は、銘菓「松風」です。
そのルーツはなんと戦国時代。11年間続いた織田信長と石山本願寺の合戦に端を発します。今回はこの「松風」を考案し、いまも作り続ける老舗和菓子店「亀屋陸奥」さんにお話しをうかがいました。

「松風」ってどんな和菓子?

松風の主な原料は、小麦粉、砂糖と麦芽飴、そして白味噌といたってシンプル。これらを混ぜ合わせて自然発酵させた生地を使用します。
次に用意するのは、直径約45.5センチの大きさがある鉄製の平らな「一文字鍋」。これに生地を流し込み、表面にケシの実を振りかけて焼き上げると、大きな丸状の松風が完成します。

亀屋陸奥の店内に展示されている円形に焼き上がった状態の松風(サンプル)

松風は大きく分けて3つのタイプがあり、短冊状に切り分けたタイプの他に、丸いまま簾(すだれ)に巻いた「簾巻(すだれまき)」や松風を切り分けた際に出る切れ端を袋詰めした「徳用袋」も販売されています。

食べてみると驚くほどのもっちりとした食感に、砂糖と麦芽飴が織りなすやさしい甘さと白味噌の豊かな風味が口の中にじんわり広がります。ケシの実が香りにアクセントを加えて、とっても美味!噛むごとに味わい深く、日本茶はもちろん、コーヒーにも合いそうです。

「石山合戦」から生まれた松風

この松風を販売しているのが、西本願寺の向かいに店を構える亀屋陸奥さん。店舗外観には大きく「松風調進所(まつかぜちょうしんじょ)」と書かれた看板が掲げられています。

「創業は室町時代中期の1421年(応永28年)。当主の大塚家がその頃から菓子づくりをしていたかどうかは定かではありませんが、蓮如上人が山科本願寺を建立した頃から本願寺に仕え、供物(くもつ)や慶事にかかわる諸々の仕事をしていたそうです」と語るのは、亀屋陸奥代表取締役の河元正博さん。

亀屋陸奥代表取締役の河元正博さん

本願寺が山科から大坂の石山本願寺に移ると大塚家もそれに従い、1570年(元亀元)に始まった織田信長との戦いでも11年もの期間にわたって本願寺と共にありました。この「石山合戦」と呼ばれる戦の最中に三代目当主の大塚治右衛門春近が作り、兵糧の代わりになったものが松風の原型といわれています。

本願寺と信長は後に和睦しますが、宗主の顕如上人が「わすれては波のおとかとおもうなり まくらにちかき庭の松風」と詠んだ歌から銘を賜り、これが「松風」のはじまりだと伝わっています。

その後、菓子として発展した松風は亀屋陸奥の代表銘菓として親しまれるようになりましたが、河元さんによると、昔は羊羹などの棹(さお)菓子が当店の主流で、松風は現在ほど多くは作っていなかったようです。

松風が、再び脚光を集めるようになったのが、戦後の高度経済成長期。新幹線の開通や高速道路網の発達によって多くの門徒さんが西本願寺へ詣でるようになると、その証として松風を購入するようになり、京都みやげとして全国各地に知れ渡るようになりました。

亀屋陸奥の「もうひとつの顔」とは?

西本願寺で営まれる御正忌報恩講法要やその他の法要で供えられるお供物の数々

亀屋陸奥さんと本願寺との縁は、松風に留まりません。亀屋陸奥さんは、本願寺御用達の御供物司として、各種の法要でお供物を納めています。なかでも、本願寺の年中行事で最大の御正忌報恩講(ごしょうきほうおんこう)にそなえられるお供物(「御華束(おけそく)」とも呼ばれる)は、種類や色彩、大きななど、その全てにおいて豪華で精緻を極めたものとなっています。

お供物の材料を菓子箱に詰めた「おふみ」

お供物の材料には、年末に本願寺から預かった餅米をはじめ、落雁や州浜、松風、饅頭などのほかに、みかんや銀杏、干柿なども用います。御正忌報恩講の前日には、これらの材料を箱に収めた「おふみ」を本山にお届けする習わしがあります。

御正忌報恩講で御影堂の須彌壇にお供えされたお供物

お供物の大きさは「供笥(くげ)」と呼ばれる八角形の台を除いた高さを尺で表すそうで、御正忌報恩講では千盛饅頭が三尺七寸(約1m12cm)、その他のお供物が一尺七寸(約52cm)の大きさになるとのこと。一種類のお供物が一対(「具」と数える)になって須弥壇に左右対称にそなえられた光景は、まさに圧巻の一言です。

店内のショーケースに並ぶお供物

「年末年始はお供物の準備や盛り付けに加えて、元旦会(修正会)にお供えする鏡餅の準備も行っています。餅は一斗、三升、一升、五合の4種類の大きさで、鏡開きしたお餅は門徒のみなさまに配られます。御正忌報恩講が済むまでは毎年本当に忙しいです(笑)」(河元さん)

本願寺と深いつながりがある亀屋陸奥さん。数百年の歴史がある代表銘菓の松風もまた、本願寺の門徒さんによって京都を代表する和菓子となりました。最近は「映える和菓子」が人気を集めていますが、お世辞にも松風は「映える」とはいえません。しかしながら、流行に左右されず親しまれている松風のような和菓子は、これから先もきっと京都人に愛される和菓子ではないかと感じた取材となりました。店名の「亀」は、江戸時代に豊臣秀吉が聚楽第の池に浮かべて愛でたという檜造りの大きな亀を手に入れたことが由来だそうです。松風も、この亀のようにロングセラーの歩みを続ける和菓子になるのではないでしょうか。

【DATA】
亀屋陸奥(かめやむつ)
075-371-1447
京都府京都市下京区西中筋通七条上ル菱屋町153番地
8:30~17:00
水曜休