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「風土とお酒」研究でわかった、奄美・黒糖焼酎の「価値と条件」

石原 凌河

龍谷大学政策学部准教授

「風土とお酒」研究でわかった、奄美・黒糖焼酎の「価値と条件」

石原 凌河

龍谷大学政策学部准教授

2019年、龍谷大学「地域公共人材・政策開発リサーチセンター(LORC)」のWell-being研究ユニットにて、「地域産業研究」が始まりました。学術的には別分野として研究されることが多い「産業・風土・文化・景観」をクロスオーバーで取り組むことにより、地域再生の戦略構築を狙っています。

2022・2023年度のテーマは「風土とお酒」。日本では、酒は地域を代表する「風土の象徴」です。酒は、コメや水といった地域の原料、気候、地理的条件、田んぼや酒蔵のある景観、人間の知恵が融合された、地域独自の強力なコンテンツだと考えます。

政策学部 石原凌河 准教授

政策学部の服部圭郎教授と私が主となるユニットで注目したのは、鹿児島県奄美大島の黒糖焼酎です。黒糖焼酎は、サトウキビから作られる黒糖を原料とし、米麹で蒸留した焼酎です。今回は、2023年2月、奄美大島にて実施した現地調査で分かった、風土や文化と黒糖焼酎の関連、地域での飲まれ方、国外への売り出し方についてお話しします。

黒糖焼酎の製造が奄美群島でのみ許されている理由は、歴史的背景にあった

奄美群島観光物産協会を訪問し、黒糖焼酎の観光的価値をヒアリング

奄美は年間の気温差が少ない温暖気候。夏は暑すぎず、冬はさほど寒くなりません。植生も建物も本土とは異なり、奄美独自の風土を形成しています。

江戸時代、奄美はコメが育たない土地でした。奄美にはすでに蒸留技術があったようですが、サトウキビを育てて作る黒糖は薩摩藩に納めており、酒づくりに黒糖は使用できませんでした。

第二次世界大戦後、奄美群島は沖縄とともにアメリカ軍の統治下におかれました。これを機に、それまで国が買い取っていた黒糖を使い、蒸留酒が作られるようになります。

1953(昭和28)年、奄美群島は日本に返還されます。しかし、これまで作っていた黒糖を使った蒸留酒は、日本の酒税法では税率の高い「スピリッツ」に分類されてしまいます。島民は政府へ陳情を行ったところ、特例として米麹を使用することを条件に、黒糖を原材料とする焼酎づくりが奄美群島(奄美大島・喜界島・徳之島・沖永良部島・与論島)においてのみ認められるようになりました。この醸造条件は、今も続いています。

長らく、黒糖焼酎は“奄美の男性たちがお祭りや集会で飲むもの”。女性が黒糖焼酎を口にすることはほとんどありませんでした。しかし高齢化にともない、奄美の酒造会社は「このままでは黒糖焼酎は衰退してしまうだろう」と危機感を覚えるようになります。そこで1990年代〜2000年代にかけ、島外への出荷を目指して大規模な工場が作られました。

女性や若者、外国人…ターゲット層を広げるためリキュールやカクテルレシピを開発

奄美本島「町田酒造」の工場

現在、黒糖焼酎をつくる酒造会社は16軒あります。町田酒造は島外への売り込みを積極的に行い、全国に知られるようになった酒造会社のひとつです。工場をオートメーション化し、品質管理を徹底。2017(平成29)年よりアメリカ、イギリス、台湾、イタリアへの輸出も始めました。出荷の割合は島内40%、東日本35%、西日本25%とまだまだ地元での消費が多いのですが、女性や若者向けに黒糖焼酎ベースの果実リキュールを製造したり、アメリカではカクテルを提案したりと、ターゲット層に合わせたさまざまな取り組みに挑戦しています。

また、サーフィン目的で訪れた奄美で黒糖焼酎に惚れ込み、移住して醸造家となったニュージーランド人、ジョン・マノリト・カントゥさんも、黒糖焼酎を通して世界と奄美をつなぐ活動をおこなっています。コーラ割り、モヒート割りなどこれまでになかった飲み方を広めながら、黒糖焼酎業界に新しい風を吹かせようとしています。

黒糖焼酎には希少性やストーリー性といった付随価値がある

大きな甕(かめ)で黒糖焼酎を仕込む「富田酒造場」

焼酎の原料別のシェアは芋が53.4%、麦が38.5%、米焼酎が3.9%、黒糖焼酎は1.9%です。黒糖焼酎の存在をまだ知らないという人も多いかもしれません。しかし「東京ウイスキー&スピリッツコンペティション」では2020年から3年連続、焼酎部門で最高位を獲得。美味しさはもちろんですが、奄美群島でしか製造されていないという希少価値、さまざまな楽しみ方ができる柔軟さ、奄美の風土や歴史といったストーリー性があり、マーケティング次第で販売・流通量がぐんと伸びて愛飲家が増える可能性があると考えています。

黒糖焼酎の原材料は、サトウキビから作られる黒糖

ちなみに、奄美でのサトウキビ栽培・収穫量が少なく、サトウキビ由来の黒糖のほとんどは沖縄県産です。奄美産のサトウキビの量を増やすことができれば、地元産の原料を使った100%奄美産の黒糖焼酎としてアピールができるでしょう。黒糖焼酎の広がりにより、地域の経済や産業形態、島民たちの意識がどのように変わっていくかに今後注目していきます。

奄美の郷土料理と黒糖焼酎の相性は抜群

黒糖焼酎は、コクのある甘みと個性的な香りが特徴なのですが、飲み口は意外とさっぱり。魚料理とも肉料理とも相性が良いので、夕飯時の晩酌にもうってつけ。インターネットでも購入できますが、できれば奄美を訪れて、現地で黒糖焼酎を味わってみてほしいですね。南国の空気を感じたり、景色を眺めたり、地元の人たちと話したり……と、「風土」や「文化」を感じながら飲む黒糖焼酎は、きっと格別の味だと思います。