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昆虫食や大豆ミート…「食わず嫌い」のメカニズムを徹底研究

地頭所 里紗

龍谷大学政策学部講師

昆虫食や大豆ミート…「食わず嫌い」のメカニズムを徹底研究

地頭所 里紗

龍谷大学政策学部講師

昆虫食とタピオカはどちらも「未知の食べ物」なのに、好感度は真逆

みなさんは、これまで食べたことがない料理を目にしたとき、それを食べるように言われたらどんな気持ちになりますか? 興味を持って食べてみたいと思いますか? それとも口にすることを躊躇するでしょうか。

私の研究テーマの一つに「フード・ネオフォビア」という概念があります。フード・ネオフォビアとは、「ネオ(新しい)」「フォビア(恐怖症)」を組み合わせた言葉で、初めて見る、なじみのない料理を口に入れることをためらったり、避けたりする行動です。

人間の5〜6割は、見たことがない食べ物を「状況によっては食べてもいい」と考えているようです。その状況とは「友人に勧められたら」「見た目が美味しそうなら」「流行になったら」「健康に良いと分かったら」など様々です。私は、こういった人たちの心をどうすれば「食べてみる」という方向へ動かすことができるかを調べています。

たとえば、数年前に注目された昆虫食。大手企業からもコオロギせんべいやコオロギチョコレートが発売されました。これはタンパク質が豊富で、環境負荷が低く食糧難を救う可能性がある、コオロギは粉状なので見た目に違和感がない、テレビやインターネットで話題になっている、とヒットする要素は一通り揃っていましたが、多くの人たちの抵抗感をぬぐうことはできず、目にすることが少なくなっていきました。

一方、タピオカドリンクはどうでしょうか。日本では現在はデザートドリンクの一種として定着していますが,当初日本人にとって黒い粒状のタピオカは「未知の食べ物」でした。黒い粒は、何かの生き物の卵のようで、むにっとした独特の食感も私たちにはなじみないものでした。しかし見方を変えると、タピオカドリンクは「新感覚のドリンク」です。「おしゃれ」「流行している」「みんなが美味しいといって飲んでいる」という風潮が広まったことで、多くの人たちが口にするようになりました。

私の専門分野は国際マーケティングです。企業が文化や国境を超えていくときに,どのような障壁に遭遇するのか。人々が初めて出会う異文化をいかにして受容するのかに興味を持っています。
同じようにしっかりとマーケティングをおこなっても、昆虫食に対しては抵抗感を持つ人が多いですし、タピオカドリンクは高い好感度を得ることができました。おなじ未知の食べ物のはずなのにこの真逆とも言える反応がみられるのは、なぜでしょうか。

社会・環境・教育・生態・心理などさまざまな要素がからんでいる

人間が見たことのない食品を避けようとする主な理由は、初めて見るモノに恐怖を覚える「行動原理」にあります。さらに、社会や家庭といった環境、教育、そもそもの人間の心理や生態などさまざまな要素がからんでいます。

年齢差と性別差については、さまざまな国で実験が行われており、信頼できる結果が出ています。
小さな子どもと高齢者は、未知の食べ物を避ける傾向が強いようです。これは、生物学的な理由からのようです。ヒトには、毒キノコなどを間違って食べてしまわないように「正体の分からないものを食べると命にかかわるかもしれない」と無意識に感じる本能があります。子供や高齢者は抵抗力が弱いので、この本能が強く出るのではないかと考えられています。実際にお店に売っていたり、レストランで提供されていたりする時点で、安全な食べ物であることは理性でわかっているはずです。それでも、初めて見る食べ物を本能的に避けたくなってしまう心理は程度の強さに個人差があるとはいえ私たち全員に備わっています。だからこそ,いかにしてその阻害要因を弱めるのかがマーケティングの努力のしどころになります。

例えば、数十年前まで海外では、巻き寿司は、黒い海苔に抵抗感をもつ人が多く敬遠されていたと聞いています。しかしアメリカで、海苔を内側に巻き入れる「裏巻き」が普及したことにより、現在は世界中で受け入れられています。この「裏巻き」は、食への興味を阻害する要因を取り除いて成功した例だと言えます。

1990年代後半、ハウス食品は中国で「日本のカレーを人民食に」という目標を掲げ、中国に進出しました。当時、中国にはルーを使ったとろりとしたカレーも、白いご飯に何かをかけて食べるという習慣もありませんでした。まずカレーを食べてもらうことで拒否感をぬぐおうと、スーパーマーケットで何度も試食販売をおこなったそうです。また、味や香りを調整したり、中国人に好まれるよう見た目を黄色くアレンジしたりもしました。その結果、日本のカレーが受け入れられるようになってきました。この例は、リサーチやマーケティングも然ることながら、「とりあえずひと口食べてもらう」ことで、人々が持つ「未知の食べ物」に対する心理的ハードルを下げたことが勝因だと思います。

新技術の「代替肉」はアメリカで普及の兆し

食に対する抵抗感は、主に2つに分けられます。ひとつは、昆虫やタピオカ、黒い海苔など「食材に対する抵抗感」で、もうひとつは「新技術によって生まれた食べ物」への抵抗感です。

「大豆ミート」は「新技術によって生まれた食べ物」の代表格でしょう。牛肉や豚肉、鶏肉といった動物の肉の代わりとして開発された、大豆の加工品です。アメリカでは健康志向の人たちから支持されており、市場が急拡大しています。
先日、私は日本のスーパーマーケットで、肉まんを模した「大豆ミートまん」を購入しました。大豆ミートと言われなければ違和感がないほど、ほぼ肉まんの風味で美味しくいただきました。しかし「大豆ミートまん」も「大豆ミート」も一般に普及しているとは言えません。
大豆は日本人にとって馴染みのある食材です。しかも日本人は、世界の中でも食に対する寛容度が高い人が多いこともわかっています。それにも関わらず、「大豆ミート」が広く受け入れられていないのは新技術に対する恐怖心なのではないかと考えています。

今、新技術を使った食材として注目されているのは、牛や豚などの細胞を培養・増殖させて作る「培養肉」と、海の藻で作る「藻肉」です。初めて聞いた人は驚くかもしれませんが、近い将来、一般的な食べ物になっているという可能性はゼロではありません。

見たことがない食べ物を無理に食べる必要はありませんし、「どうしても食べたくない」という人に対して強要すべきだとも思いません。しかし、人は、一度口にして「美味しい」と思えば、それ以降は比較的、その食べ物に対する拒否感がなくなるといわれています。

食は本来、楽しいものです。そして、世界にはたくさんの食に溢れています。珍しい食べ物に出合ったら、その料理の歴史や文化背景を勉強してみたり、友人と一緒にひと口食べてみたりするのはいかがでしょうか。食に対して寛容になると、さまざまな国の文化や歴史への理解を深めることもできます。食の多様性を受け入れることで、きっと人生はもっと楽しく、奥深いものになっていくと思います。