これまで「みかんの皮」や「りんご」を素材にマーケティングを通じた課題解決型プロジェクトに取り組んできた藤岡ゼミ。2019年から新たに取り組んでいる素材が山椒です。その一大生産地である和歌山県有田川町では、高齢化の影響により特産の「ぶどう山椒」の生産が危うい状況になっています。ゼミ生たちは、どのようにして課題解決に取り組んだのでしょうか。
行政職員向けのマーケティングに関する研修会で、和歌山県有田市の「みかんの皮」を使った課題解決型プロジェクトについての講演を行ったとき、同じ和歌山県内にある有田川町の職員の方から「町の特産品のぶどう山椒の生産が危機に瀕している」という相談を受けました。
有田川町では、江戸時代に町内の遠井地区で見つかったぶどう山椒の生産を行っていますが、この10年の間に生産農家さんの数は減少の一途をたどっており、平均年齢も79歳とかなり高齢化が進んでいます。町内で生産したぶどう山椒の多くが漢方薬の原料として出荷されており、一軒あたりの平均収入は約150万円。高齢者の方であれば年金と合わせて生活できますが、年金のない若い世代ではぶどう山椒の生産だけで生計を立てることもままならず、後継者育成も進んでいません。農家さんたちの間でも「自分たちの代で終わるだろう」という思いの方も多いと聞きました。
これまで町でもぶどう山椒産地を盛り上げるため、有名シェフを招いてぶどう山椒を使った料理を現地で作ってもらい、消費者に食べてもらう企画などを行いました。しかし、こうした取り組みがぶどう山椒の認知向上につながりこそすれ、農家さんたちの生産意欲の向上には結びつかず、町と農家さんとの意識のズレを埋めるには至りませんでした。
そこで、私たちは有田川町と包括連携協定を結び、ぶどう山椒の産地存続を目的とした「ぶどう山椒の発祥地を未来へつなぐプロジェクト」を進めることとなりました。
2019年のゼミ生たちがまず取り組んだのが、山椒に関する調査分析です。現在、国内における生産の約3分の2を和歌山県が占めているのですが、意外なことに県内での認知度そのものが低いことがわかりました。一方、山椒自体は数多くの食品に利用されており、薬味に使われる粉山椒をはじめ、京都の方ならおなじみのちりめん山椒や、チョコレートなどの洋菓子にも山椒が使われていることを知りました。また、実山椒から抽出したエキスを用いたエッセンシャルオイルや、洗髪剤、育毛剤、サプリメント、山椒の香りを生かしたクリームや香水、化粧水といった、食以外の利用方法も多彩です。
この分析を踏まえ、学生たちは様々な商品開発に着手しました。約100件のアイデアから約50品の商品を試作。このうち、京都の人気菓子店「京洋菓子司ジュヴァンセル」を展開する「フランス屋製菓」と共同で開発したのが、ぶどう山椒の風味豊かなマドレーヌです。2019年の段階では試作品の製作で終わってしまいましたが、翌年度には期間限定の商品として販売しました。
こうして「ぶどう山椒の発祥地を未来へつなぐプロジェクト」は、2020年のゼミ生たちに引き継がれたのですが、ご承知の通り、全世界を巻き込んだコロナ禍の影響で、ゼミ生たちはぶどう山椒の生産地である有田川町を訪問することはもちろん、大学へ行くことも叶わない苦境に陥ったのです。
それでも学生たちはオンラインでミーティングを行い、「研究調査」「商品開発」「企画運営」の3チームに分かれ、ぶどう山椒の知識を深めるとともに、商品開発を継続していきました。そのなかで出会ったのが、うめなどの和素材を使ったカレーを開発した実績がある、神戸の食品製造会社「マンドリル」です。まず先行してぶどう山椒を他のスパイスと掛け合わせたスパイスミックスを開発に着手。続いて「働く主婦」を想定顧客にした冷凍カレーを製作し、家庭でも手軽に楽しんでもらえるカレーの開発に取りかかりました。食べ応えのある大きめの具材や味との相性を考えた7種類の試作品を作成。最終的に1種類に絞る予定でしたが、学生たちの熱意によりぶどう山椒の香りレベルがそれぞれ異なる3種類のカレーができあがりました。スパイスミックスも揚げ物や油っぽいものに合うスパイシーな辣(らつ)、ホットチョコなど甘いものに合う雅(みやび)、肉や魚の下味に使用する紬(つむぎ)の3種類を開発しました。他にも、地元・有田川町のクラフトビール「Nomcraft(ノムクラフト)」にぶどう山椒を季節ごとに持ち込み、複数のぶどう山椒ビールを開発してもらいました。これら開発された商品を、企画運営チームが龍谷マルシェなどを開催し、販売しました。
開発と併行して研究調査チームは、他地域の地域活性化事例などを検証し、産地存続の方策を学術面から研究。JA全中主催のアグリカルチャーコンペティションに出場し、最優秀賞、学生最多得点賞を獲得しました。
2021年は、前年に開発したスパイスミックスと冷凍カレーの用途開発に取り組む「カレー」と「スパイスミックス」の2つに商品開発チームを分けました。スパイスミックスチームは、農学部食品栄養学科の協力を得て、スパイスミックスを用いたメニュー開発に取り組みました。ここで生まれたメニューの一つ「辣餃子」は、大学近隣にある餃子専門店「福吉」で商品化され期間限定メニューとして提供され、のちにグランドメニューとなりました。また大学生協や学内のレストランCafé Ryukoku &と連携して、ぶどう山椒フェアを開催。大学生協では、スパイスミックスチームが提案した80種類のメニューのうち19種類が採用され、丼、ラーメン、スイーツなど多様なぶどう山椒料理が10日間で計11000食提供されました。
カレーチームは、近隣のパン屋「Boo」の協力を得て、冷凍カレーを活用したカレーパンの開発、そして「マンドリル」に加え食品製造会社「キャニオンスパイス」と共同で、冷凍カレーのレトルトカレー化に取り組みました。そしてぶどう山椒の柑橘系の爽やかな香りを楽しんでもらおうと山椒の小袋をつけたあとがけスタイルとし、製品コンセプトを「カレー付きぶどう山椒」として、商品化しました。コロナ禍という高い壁にもめげず、たくさんの商品開発を行った学生たちの情熱に、頭が下がる思いです。
これらゼミで開発した商品は「チャネル開発」を担当するチームが、Good Nature Stationなど学外の商業施設と連携し、龍谷マルシェの開催を通じて販売しました。
商品開発とは別のアプローチを行ったグループもあります。彼・彼女たちは、農家さんに自分たちが育てたぶどう山椒がどのように使われているかを知ってもらおうと、SNSを活用して消費者の声を集め、ぶどう山椒の情報誌の編集を企画。最初は「いいね通信」と名付けられましたが、後に山椒の古語である「はじかみ」へと題名を変え、商品の開発ストーリーやそれに対する消費者の声を編集した情報誌を開発した商品とともに農家さんたちの元へと届けるプロジェクトを行いました。
「みかんの皮」や「りんご」「ぶどう山椒」といった農産物を素材に「産地と消費地をつなぐ」「産地と未来をつなぐ」プロジェクトを、3回にわたってご紹介しました。
このプロジェクトを通じて、学生たちは商品開発やカフェの企画・運営などを手探りしながら、「そもそも自分で動かないと何も変わらない」ということを体感しました。
先ほどご紹介した『はじかみ』も、元々は直接つながりのある10件の農家さんや行政、事業者の方たちに配布するだけだったのですが、「農家全戸に届けてほしい」という要望が上がり、地元の協力を得ながら全て生産農家さんの元へと届けるアクションにつながりました。
学生たちには、こうして自ら率先して動くことで物事を自ら変えていく「チェンジメーカー」になってほしいと願います。