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農産物の魅力を引き出すマーケティング②カフェが「メディア」である理由

藤岡 章子

龍谷大学経営学部教授 博士(経済学)

農産物の魅力を引き出すマーケティング②カフェが「メディア」である理由

藤岡 章子

龍谷大学経営学部教授 博士(経済学)

「みかんの皮」からうどんや基礎化粧品の商品化に成功した2015年の藤岡ゼミ生。2016年と2017年のゼミ生たちは、りんごを素材にした期間限定カフェを、京都市上京区で開きました。どうして商品開発ではなく、カフェというカタチを選んだのでしょうか。「カフェはメディア」と語る藤岡先生の連載第2回です。

京都の人は知らないりんごの奥深い世界

2015年、大阪で開かれた青森県産りんごPR・販売イベント「PLANET OF THE APPLES(りんごの惑星)」で、ゼミ生たちはスタッフとしてりんごの販売やPRを行いました。そこで知り合った青森県弘前市の若手りんご農家さんたちの協力を得て、りんごの情報発信を目的とした期間限定カフェ「りんごのおうち」を開きました。
りんごを素材に決めた理由は、りんごの国内消費量が減少傾向にあることや若手りんご農家さんたちとのご縁ができることもさることながら、販売イベントで食べさせてもらった青森りんごの美味しさに驚かされたからです。国内で栽培されているりんごの品種は、なんと約2000種。なかには地元だけで消費されてしまい、京都ではなかなかお目にかかれない品種もあります。一方で、私たち関西人の「りんごリテラシー」は、決して高いとはいえません。赤い「ふじ」と黄色い「とき」が間違って並べられていても、どれだけの人が気づくでしょうか。そこで、豊かなりんごの魅力をもっと多くの京都の人に知ってもらおうとマーケティングの素材として「りんご」を選びました。

カフェが持つ多様な情報発信のチカラ

みかんのときには新商品の開発を行いましたが、りんごのマーケティングとしてゼミ生たちには「カフェの企画・運営」を目指してもらうことにしました。というのも、以前京都市上下水道局と協力して行った水道水のイメージ向上を目的とした「京(みやこ)の水カフェ」で感じたのが、「カフェはメディアである」こと。一見両者につながりはないように思えますが、カフェに入店したら多くの人は30分から1時間程度は店内に滞在し、その間、卓上に置かれたPOPに1度は目を通すでしょう。ほかにも、お店の人とコミュニケーションを通じて情報交換をしたり、店内にあるディスプレイから情報を読み取ったり、私たちはカフェ滞在中にたくさんの情報を得ています。カフェというのは、情報を発信するメディアとして最適な存在なのです。そこで、ゼミの研究テーマを「消費者に合わせたオウンドメディアの構築とマネジメント」と定め、カフェ空間内での情報発信に加え、カフェオープンに向けて様々なイベント開催やコンテンツ発信を計画しました。

りんごの魅力を伝える「りんごソムリエ」

まずは青森県弘前市を2度訪問し、りんご農園の訪問と作業体験のほか、若手りんご農家さんから話を聞き、りんご栽培の大変なところややりがいなどについて理解を深めました。産地卸市場の見学にも出向き、りんごが街の主要な産業であることも学ぶことができたのも大きな経験でした。
カフェの企画・運営にあたっては、ゼミ生を5つのグループに分け、それぞれ「オペレーション」「キッチン」「内装」「宣伝」「イベント」を担当しました。オペレーションは、シフトの作成や提供、りんご農家さんとの連絡やりんごの仕入れ量の調整・管理などに加え、産直りんご販売イベントや龍谷マルシェの企画・運営も行いました。なかでもユニークな取組が、りんご農家さんの努力やこだわり、りんごの魅力をお客様に伝える「りんごソムリエ」です。りんごソムリエは、お客様から好みの味や食感、水分量などを聞き、希望に添った品種を提案。対話を大切にしたコミュニケーションはお客様からの評判も上々で、アンケートに答えてくれた138名のうち92%にあたる127名が5段階評価の「5」を選ばれました。
キッチン担当のゼミ生たちは、フォトジェニックな見た目や盛り付けにもこだわったスイーツやサンドイッチ、ドリンクを考案。お客様からも「美味しい」の声をたくさんいただきました。
店内の内装も、メディアとしてのカフェを形作る上でも重要な要素です。内装担当のゼミ生たちは、毛糸と色画用紙を駆使してりんご園地を店内に再現しました。思わず写真を撮りたくなるような農村の雰囲気を醸し出し、壁には農家さんの顔パネルや紹介文、りんごにまつわる豆知識をかわいくディスプレイ。りんごの栽培風景が伝わる絵本やフォトプロップスも制作して、メニュー提供の待ち時間を楽しんでもらうようにしました。

SNSだけでなくアナログなメディアも活用

カフェの情報発信を行ったのが、宣伝担当のゼミ生たちです。SNSはもちろんリーフレットなどアナログな紙媒体も通じて、カフェをはじめりんごに関する情報を、カフェオープンの数ヶ月前から発信。SNSではリツイートなどを通じた「身内化(※)」を図りました。
SNSでは、親しみやすいような発信を定期的に行うとともに、2年目は画像だけでなく動画コンテンツを充実。弘前での取材を通じて農家さんの思いをドキュメンタリータッチで伝えたり「りんご星人青森ケンさん」というキャラ動画を発信したりしました。TwitterやFacebookはもちろん、当時台頭してきていたInstagramも活用。特にInstagramは特有の見栄えの良さや広告、連動イベントがカフェの認知拡大に役立ちましたね。
一方でオフラインメディアといわれるリーフレットやチラシ、ポスターの掲示やフリーペーパーの掲載にも力を注ぎました。プレスリリースの作成や記者レクチャーもゼミ生たちが主体的に行いました。
イベント担当のゼミ生たちは、「食べる」以外の観点からりんごの魅力を発信しました。プレイベントではりんご飴の配布やSNS連動型のフォトコンテストやりんご大喜利、りんごの食べ比べなどをキャンパス内で実施。カフェ開催当日も、りんごに見立てたブローチや、アップルティーづくり、りんごの剪定ばさみに見立てたおみくじなど、楽しめるイベントを用意してお客様に喜ばれました。

2日間で150名がカフェに来店

2016年から2年にわたり、カフェの企画・運営を通じて行ったりんごのマーケティング。1年目は2日間で100名ほど、2年目には2日間で150名もの来店者が訪れ、りんごが持つ多面的な魅力を知る機会を生み出しました。この取組を通じて、国内のりんご消費量が飛躍的に上昇…という変化が訪れることはまずありませんが、なんらかの接点を持った人のりんごに対する認識やイメージが、ほんのわずかでも変わるきっかけになれば嬉しく思います。少なくともこのプロジェクト以降、学内にりんごファンの学生や教職員が増えたことは確かで、龍谷マルシェ*開催の際には、「今年はアンビシャス販売しないんですか?」「こうとくありますか?」と希少品種のりんご指定で問い合わせが来たりします。
ゼミ生たちも、グループごとに具体的な目標を決めて自主的に取り組むことはもちろん、報告書という形でフィードバックも行い、良かった点や反省すべき点をまとめ、カフェに協賛いただいた企業に活動報告のプレゼンも行いました。「メディアとしてのカフェ」を意識しつつカフェの企画・運営を行ったことは、学生たちにとっても貴重な経験になるのではと感じています。

*龍谷マルシェ:2015年から藤岡ゼミがテストマーケティングや情報発信を目的にゼミ開発商品やプロジェクト等で連携する企業の商品、農産物等を販売するポップアップストア