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CULTURE 2020.01.07 渡辺 博明

スウェーデンの「臭い缶詰」の真実

はじめに

私は、研究テーマとの関係で長く北欧・スウェーデンと関わりをもってきたが、同国にも、その地域性を表すユニークな食べ物がいろいろある。魚介類を中心にチーズや野菜など様々な具材を乗せたオープンサンドイッチは、「バイキング料理」の原型であるし、ミートボールは家庭によって少しずつ異なる「お袋の味」的な存在で、酸味の強いリンゴンベリーのジャムをかけて食べるところに特徴がある。トナカイやヘラジカの肉、ゆでたザリガニといった日本ではあまり見かけない食材があり、お菓子なら、クリスマスのジンジャークッキーや、イースターの季節に食べる「セムラ(semla)」もある。

しかし、ここではあえて、日本でもかなり有名な(悪名高い、というべきか)臭い魚の缶詰「スールストレミング(surströmming)」を取りあげてみたい。これについては、テレビなどでたびたび紹介され、広く知られるようにはなっているが、その「臭い」の科学的検証が試みられたり、バラエティー番組の罰ゲームに使われたりして、「世界一臭い」ということのみが強調される傾向にある。私自身は「スールストレミング」の代表的な生産地と多少の縁をもつこともあり、この機会にその「本来の姿」を紹介し、「誤解」を解いておきたい。

1.「スールストレミング」とは

缶の中身はニシンである。そもそも「スールストレミング」という名は、スウェーデン語で「酸っぱい」を意味する「スール(sur)」と、「ニシン」を表す「ストレミング(strömming)」を組み合わせたものである。ただし、実際に「酸っぱい」わけではなく、この場合の「スール」は、発酵食品であることを意味している。

次いで「ニシン」だが、正確には「タイセイヨウニシン」という種類である。日本近海でとれるニシンの近種で、日本にも輸入され、「ニシン」として流通しているので、同じようなものだと考えてよいだろう。ただし、「ストレミング」は、特にバルト海で獲れる小ぶりものを指し、「シル(sill)」と呼ばれる外洋産のタイセイヨウニシンとは区別される。後述するように、「スールストレミング」の主な生産地はスウェーデン北部のバルト海沿部なので、その周辺で獲れる魚を使っている。

では、そのニシンをなぜそれほどの臭いを放つまでに発酵させるのか。味や栄養価の面でも意味がないわけではなかろうが、まずは何よりも保存のためである。正確には「保存のためであった」と過去形にすべきであろう。かつての冷蔵設備がない時代には、食料の保存期間を延ばすための有力手段は、塩を加えることであった。しかし、定説によれば、当時、塩が高価で十分な量を確保できなかったため、発酵させることで保存期間を延ばそうとしたとされる。

というのも、「ストレミング」が獲れるバルト海は、地図で見るとけっこうな広さがある「海」だが、実際には塩分濃度が非常に低く(舐めてみた感じではほとんど「真水」である)、塩は採れない。もちろん、昔も他地域から運ばれてはいただろうが、外洋から遠く離れたスウェーデン北部では、塩の入手に制約があったのだろう。

ちなみに、魚釣りが趣味の筆者が自身で作ることもある「アンチョビ」は、発酵もさせるが塩を効かせる割合が明らかに大きい(現代なので冷蔵庫の力も借りる)。それに対して「スールストレミング」は、その保存性を発酵作用に依存する割合が高く、発酵の度合いも大きいために、あの強烈な臭いをともなうのである。つまり、あの臭いは、塩が十分に使えない条件下で保存性を高めるための「代償」だったのである。

2.どこで食べられているのか

「スールストレミング」を食べるのは、スウェーデンのなかでも、主に北部のバルト海沿岸地域である。日本では、「スウェーデンの」臭い缶詰として知られるので、漠然と同国の人々が食べていると思われがちだが、南部ではあまり食べない。というより、顔をしかめて「食べるわけないでしょ」という反応を示す人が多い。中部にあたる首都ストックホルムでも、スーパーマーケットなどで買えないわけではないが、私の知人たちはほとんど食べない。結局のところ、スウェーデンの中でも消費地域に相当な偏りがある食品なのである。

写真1

その代表的な産地として挙げられるのは、エルンシェルズヴィーク(Örnsköldsvik)である。「スールストレミング」の最も有名なブランドは、その名も恐ろしげな「赤いオオカミ(Röda Ulven)」(写真1 以下、写真はすべて筆者撮影)だが、その生産者であるハンネルス社の工場もその近郊にある。

写真2

同社のウェブサイトによれば、「赤いオオカミ」の由来は、近くに「オオカミ島(Ulvön)」があることと、同地周辺の海岸に赤みを帯びた花崗岩が多いことにあるという(写真2)。

私は20年ほど前に知人の紹介でエルンシェルズヴィーク在住のメートベリ(Mörtberg)夫妻と知り合った。彼らにはその後、同地の自然や産業について教わったり、家族で訪ねた際にはスキーを教えてもらったりと、いろいろ世話になっている。「スールストレミング」を初めて食べたのも彼らの家であり、そのときは夫のアンダーシュが、興味津々の私に缶の開け方から一般的な調理法まで解説、実演してくれた。後に彼らの友人たちにパーティーに招かれたときも、家族とともに同地を訪れた際にも、周りの人たちが概ね同様にしていたので、それらを地元での一般的な扱い方、食べ方とみてよいだろう。

3.どのようにして食べるのか

写真3

まずは、缶の開け方である。日本でもしばしば紹介されているようだが、強い発酵作用をともなう食品であるがゆえに、製造後に発酵が進むと、缶が徐々に膨らんでくる(写真1でもそれがわかる)。したがって、缶の内部にはかなりの圧力がかかっており、不用意に缶切りで開けようとすると、猛烈な臭いを発する漬け汁が勢いよく噴き出すことになる。そのため、地元の人々は水を張った容器の中で(または湖や池の水面下で)缶に穴を開け、飛沫が飛び散るのを防いでいる。上述のアンダーシュは自宅のキッチンの窓を開け放ち、シンクの中で缶を開けていたが(写真3)、屋外で開けたほうが無難である。

写真4

最初に圧力を逃がしたあとは、水から上げて普通に缶を開けていけばよい。当然ながらあたりには強い臭いが漂い始めるが、これを食べようとする以上しかたがない。「スールストレミング」はたいてい切り身で缶詰にされているが、実際に食べるためにはもう少し細かく切っておいたほうがよい(写真4)。

写真5

次に、食べ方であるが、やはりスウェーデン流のオープンサンドイッチに乗せて食べるのが最も一般的である。その際、ゆでたてのジャガイモやスライスしたトマト、刻んだタマネギなどをパンにのせ、その上に細長く切った「スールストレミング」を乗せる。パンはフランスパンでもよいが、地元ではクネッケブレード(Knäckebröd)と呼ばれる薄くて堅いもの(パリパリしていて食感はクラッカーに近い)がよく使われる(写真5)。小さく切ってオープンサンドに乗せて食べられる状態にした時点で、臭いはかなり和らいでいる。

4.どのような味か

さていよいよ味である。味の評価については、主観的なものにならざるを得ないが、上述の状態にして食べれば、大騒ぎするほどのものではないと思う。魚の旨みを含んだ濃厚な味で、現在のものは塩気もけっこうあり、何より、暖かいジャガイモ、トマトの酸味やタマネギの香りとのバランスがそれなりにとれているように感じられ、見た目や臭いに比して「悪くない」という印象だ。

ただし、ある種の「くどさ」があり、初めてのときは、せっかく用意してもらったのだからと調子にのって食べたら、後あとから胸焼けがしたことを覚えている。もちろん、臭いもあるといえばある。あるテレビ番組で見たように、缶から取り出してそのまま口に入れるというのであれば、私もお断りしたい。しかし、それはおそらく誤った食べ方であり、「正しく」食べれば、個人的には「鮒寿司」よりは食べやすい気がするし、納豆が食べられる人ならたいてい大丈夫だと思う。

考えてみれば、日本ですっかり受け入れられている「アンチョビ」も、それだけを一度にたくさん食べることはないであろう。同様に「スールストレミング」についても、他の食品とともに食べられる中で独特の味が生きてくるという面がある。ちなみに、上述のハンネルス社のウェブサイトでは、「初心者」は少量を「スパイス」として使うように薦めている。続く解説にあるように「やがて病みつきになる」かどうかは怪しいとしても、食べ方を工夫すれば、比較的多くの日本人にとって「許容範囲内」の食品ではないかと思う。

おわりに

以上が、私の体験に基づく「スールストレミング」の紹介である。

ここで伝えたかったのは、「スールストレミング」は、スウェーデンの特定地域の具体的条件下での「生活の知恵」から生み出された食品だということである。日本では、その由来や扱い方が理解されていないために、「臭い」ことだけが強調されて、必要以上にひどくいわれている面があるが、これもその地域の食文化の一部なのである。

味や臭いについては文章や写真で伝えられないので、それぞれに機会を見つけて体験していただくしかない。興味をもたれた方には、いつかチャレンジされることをお勧めしたい。

渡辺 博明

わたなべ ひろあき

龍谷大学法学部教員

専門は政治学。主に北欧・スウェーデンの政党政治を研究しているが、ここ数年は主権者教育をめぐる共同研究にも取り組んでいる。主な著作に、『「18歳選挙権」時代のシティズンシップ教育』(共編著、法律文化社、2019年)、『国民再統合の政治』(共著、ナカニシヤ出版、2017年)、『ポピュリズムのグローバル化を問う』(共著、法律文化社、2017年)、など。