マンハッタンには日本料理店がひしめき、ドバイのスーパーには海苔や納豆・・・
世界中で日本料理店が増加していることをご存知でしょうか?農林水産省の発表によると、2017年の時点で世界には11万8000店もの日本料理店があり、なんとこの10年で5倍も増えているのです。ニューヨークのマンハッタンには7、800軒もの日本料理屋があり、ドバイのスーパーマーケットにはうどんや海苔、納豆などの日本食材が普通に並んでいるとか。このように日本食が広まっている背景には、世界的な健康ブームや日本料理が2013年にユネスコの無形文化遺産に登録されたことがあるといいます。世界中で日本料理への関心は高まっているのです!
そこで日本はいま、国をあげて食文化の振興を図っています。というのも、日本料理の人気が出れば出るほど、訪日外国人が増え、日本食材の輸出も増加するから。そこで改めて正しい日本料理を継承し、文化として発展させていくことが求められるようになりました。そんな次代の流れに応えて京都の老舗料亭の料理人たちが中心となって立上げたのが、日本料理アカデミーというNPO法人です。
日本料理アカデミーは、2004年の発足以来、若手料理人の育成や世界の料理人との交流、地域に密着した食育活動などを行うほか、日本料理を科学的に解明すべく研究者とも共同研究を行ってきました。
日本料理アカデミーの料理人たちは龍谷大学の食の嗜好研究センターの研究者たちと共に、毎年テーマを決めて1年間研究を行い、その研究成果を発表するシンポジウムを開いています。4回目となる今年のシンポジウムは2月17日に京都市中京区にて行われました。この記事では、シンポジウムの様子を第1回、第2回と分けてお伝えしていきます。
今年の研究テーマは「日本料理のテロワール」です。まずは、「テロワールって何?」という方のためにご説明しましょう。
テロワール(Terroir):「土地」を意味するフランス語から派生した言葉で、作物の品種における生育地の土壌、気候、地形、農業技術による特徴を指す。
テロワールは日本語には直訳できないのですが、簡単に言えば「その土地ならではの味」といったところでしょうか。ソムリエがよく「このワインはテロワールが感じられて・・」なんて言いますよね。たとえば同じブドウの品種でも、育てる土壌や風土など周辺環境によって全く味わいの異なるワインが生まれます。そんな個性こそが、まさにテロワールです。では、「日本料理のテロワール」とはどういうことでしょうか?会の冒頭に龍谷大学農学部の伏木亨先生よりこんな説明がありました。
伏木先生「日本料理はさまざまな地域との文化交流によって発展してきました。しかし、昨今は日本料理といえば京料理といわれ、京都の中で完結しすぎているのではないか。そんな問題提起が料理人の方々からありました。そこでいま一度、日本各地の食文化や郷土料理を見直すことで、未来の日本料理のヒントが得られるのではないかと考えています。」
東西に長い日本列島は、土地によって気候や風土が大きく異なり、「その土地ならではの味」、テロワールがある。それをもう一度探しに行くことで、日本料理の足元を見直し、未来に生かそう。そんな意図から2017年の研究はスタートしました。そこで料理人たちに出されたミッションは「旅をして食材を探し、郷土料理を京料理にアレンジする」こと。シンポジウムでは11人の料理人が登場し、それぞれの研究成果について発表を行いました。
シンポジウム第一部は料理人と研究者のディスカッションです。トップバッターは、ワインソムリエの資格も持ち、京料理に新風を巻き起こしている木乃婦の高橋拓児さん。龍谷大学農学部の山崎英恵准教授と共に「北のしるこ」という発表を行いました。高橋さんは「地方のさまざまな食材を高い調理技術で洗練させることで、京料理は地方の食材を京都独自のものに展開してきた」と定義。しかし、京料理は京都では通用するけれども、同じ料理を地方へ持っていっても受け入れられないという課題を感じていました。
そんな高橋さんが向かったのは、北海道は帯広市の東部にある幕別町。アイヌの文化が色濃く残るこの土地で、高橋さんはオオウバユリの球根という食材と出会います。そしてアイヌの血をひく女性たちに、地元ならではの調理法、食べ方を学び、「コンプシト」という料理を教えてもらいました。
これはオオウバユリの球根からつくったデンプンに白玉粉や砂糖を混ぜて団子にしたものに、焼いた昆布の粉末でつくったタレをかけていただくおやつです。京都にはない食材や、昆布の思わぬ使い方に衝撃をうけた高橋さん。さっそくこれを京都へ持ってかえることにしました。
というのは、実際に高橋さんが仰ったダジャレです(笑)。高橋さんは、京都に「コンシプト」をもってくるにあたって、大切にしたことがあるといいます。それはアイヌのアイデンティティを尊重すること。材料だけ持ってきて全く違う料理に生まれ変わらせるのではなく、郷土の慣習、調理法、風味を取り入れながら、京料理として洗練させたいと考えたのです。そこで高橋さんは、北の大地の風味や情緒を想起させるものとして「白樺樹液」を鍵となる材料に持ってきます。
そして、オオウバユリのデンプン、裏ごししたジャガイモ、小麦粉などを白樺樹液で練った団子を北海道産の白小豆とゆりねでつくったスープに浮かべたお汁粉をつくりました。「コンシプト」とおなじく昆布のタレもかかっていますが、昆布粉末を200度まで加熱し、その後急冷するという料理人ならではの技を用いて磯臭さを取り除き、上品なシロップに仕立てています。
そうして出来上がったのが「ニューコンシプト・北のしるこ」です。MOGLABO編集部も試食しましたが、まず感じるのは、ほのかに爽やかな白樺の香り。お団子は言われなければオオウバユリが入っているとはわからないくらい、クセがなく、白餡のスープや昆布シロップと見事に調和していました。
その後の山崎准教授の解説では、こんなお話が印象的でした。「人は匂いを感じると、脳内で瞬時に記憶と突き合わせるもの。ですから、風味や味わいを共有する要として香りを用いるのは科学的観点からもみても有効な手段です。高橋さんは、北の大地を想起させる白樺樹液と、北海道の人にも京都に人にも馴染みのある昆布を土台にすることで、北海道でも京都でも受け入れられる料理を生み出すことができました」
この研究から高橋さんが考えたテロワールとは、「その地域の歴史や背景、すべてを包括した文化が培ってきたものを取り入れて、味わいを共有していく」ということ。ただ地方の食材を使うだけでなく、文化背景を取り入れることで、日本料理はより豊かなものになることができるのではないか、と。これは、京都中心、京都至上主義になりがちな日本料理界に一石を投じる考察ともいえるでしょう。「北のしるこ」、なかなか興味深い発表でした!
続きは第2回へ。さまざまな料理人による発表をご紹介します。