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「したたかな京料理」〜龍谷大学×日本料理アカデミー シンポジウム報告<前編>

Moglab編集部

Moglab編集部 取材スタッフ

「したたかな京料理」〜龍谷大学×日本料理アカデミー シンポジウム報告<前編>

Moglab編集部

Moglab編集部 取材スタッフ

龍谷大学の研究者との協働研究を進める、京都・老舗料亭の料理人たちによるNPO法人「日本料理アカデミー」。龍谷大学と日本料理アカデミーは、日本料理に関する研究活動の成果を社会に還元すべく、2015年春よりシンポジウムを開催しています。

今年度のテーマは「したたかな京料理」。2024年2月、京都市で開かれたシンポジウムの様子を、前編・後編の2回に分けてお伝えします。

今年のテーマは「したたかな京料理」

入澤崇/龍谷大学 学長

「2015年4月、農学部開設に合わせて設置された『食と農の総合研究所』の付属研究センターとして誕生したのが、『食の嗜好研究センター』です。“おいしくなくっちゃ”をコンセプトに、食の嗜好性、すなわち美味しさを科学的に説明することを目的として、本学研究者が、さまざまな学外組織からの客員研究員と協力して研究活動をおこなっています。

2016年9月、本学とNPO法人『日本料理アカデミー』、その関連組織である『日本料理ラボラトリー研究会』との間で包括協定を締結しました。こちらでは、日本料理の伝統的な技術に関する研究を推進しています。今回のテーマは『したたかな京料理』。ぜひ、最後までお楽しみください」。

龍谷大学 食と農の総合研究所「食の嗜好研究センター」センター長・農学部 食品栄養学科山崎英恵 教授

「長きに渡り続いてきた京料理は、世襲による時間の長さやストーリーが極めて重要です。長い時間軸、歴史、文化、伝統は京都がもつ強みであり、これらを最大限に生かすことは、京料理の生存戦略の柱であり、壮大なブランド戦略であるといえます。こうした伝統を引き継ぎ守ることに力を注いできた、と思われがちですが、実際には、変化していないふりをしながら、変化し続けているのが京料理です。他のよいところを多く取り入れつつ京都独特の美意識や審美眼により料理を洗練させ、自分たちのものとして仕立て直されています。京料理の強みは、消費者の嗜好や社会の変化に合わせながら、料理をしなやかに変化させる“したたかさ”だと考えます。本日は京料理における「したたか」な料理の変換を4つの古典的な料理を通して、見ていただきたいと思っています。」。

盛り付け補助・配膳は龍谷大学 農学部 食品栄養学科、農学研究科の学生が担当

シンポジウムの構成は<料理人によるプレゼンテーション><料理人と研究者のディスカッション><試食>。今回は、4つの古典的な料理に対し、世代が異なる4名の料理人たちがそれぞれの解釈で料理を作ります。4名の最後をしめくくるアンカーは、伝統と革新に向き合いながら京料理を作り続けてきた料理人です。また、それぞれのテーマに座長が同席します。

披露されるのは、同じ名前の料理4品ずつです。料理人がどのように料理を捉え、自身のものとして組み上げていくのか、それぞれの京都の料理人の強かさを感じながら、実際に味わっていきます。

<飛龍頭(ひろうす)>

「たん熊北店」三代目主人の栗栖 正博 氏の飛龍頭は歴史と定義をふまえた、クラシックな手法によるものです。

「飛龍頭(ひりゅうず)の始まりは桃山時代です。小麦粉と卵を合わせて揚げたポルトガル料理『ヒリョウズ』をアレンジしたため、『飛龍頭』という当て字をつけたといわれています。きくらげは龍のヒゲ、ゆり根はとがった爪、ギンナンは目玉に見えたのかもしれません。

基本の作り方は、水切りした木綿豆腐、すりおろしたつくね芋、つなぎの葛粉を合わせて丸めて揚げ、薄い味付けのダシまたはあんかけを合わせます。具材は千切り人参、きくらげ、ゆり根、ギンナンが一般的です。飛龍頭は京料理の定番ですが、近年は椀だねとして提供されるくらいで、単品で提供されることはほとんどありません」。

「京懐石 美濃吉 本店 竹茂楼」調理総支配人の佐竹 洋治 氏は、2000年代に流行した高級食材に着目。具材がウナギとスッポンのみという、贅沢な飛龍頭をふるまいました。

「そもそも飛龍頭は鶏のつくねを揚げる料理でしたが、精進料理の世界では豆腐が主材料となりました。しかし、ITバブルが崩壊した2000年代、修行先や当店ではウナギやスッポンのような高級食材をふるまうようになりました。値段の高い会席料理では、お客さまから高級食材を期待されることが多かったためです。現代は文化や手間に価値が置かれるようになってきたので、ウナギとスッポンの飛龍頭はやや強すぎると感じられるかもしれません」。

28歳、「たん熊北店」栗栖 熊一 氏は「飛龍頭=丸いという概念を崩したかった」と、湯葉で巻いて揚げた飛龍頭です。食材は水切り豆腐、つくね芋、にんじん、キクラゲ、ゆり根と基本に忠実な具材をセレクトしました。

「龍の頭を思わせるかたちに仕上げたことと、一般の方が真似しやすいように作りやすさを意識したことがポイントです。精進料理の要素を大切にしたいと考え、ダシにカツオダシは使用していません。昆布ダシと干し椎茸のもどし汁をベースに、にんじんとカブのダシを加えました」。

アンカーは「京料理 木乃婦」三代目主人の髙橋 拓児 氏です。1品目は飛龍頭の原型、2品目は2000年代の贅沢感、3品目は龍の頭のかたちへのアレンジでしたが、こういった時代の変遷をふまえた上で、龍が飛んでいるような軽さを追求しました。

「水分を抜いた豆腐をフードプロセッサーにかけ、卵黄、上新粉、小麦粉、ベーキングパウダーを合わせます。その生地に泡立てた卵白を合わせてさっくり混ぜ、海老、アナゴ、にんじん、キクラゲ、ゆり根、ギンナンを入れます。これらを紙コップに入れて電子レンジにかけ、ダシを合わせています。

調理の工夫は、空気を含ませることと油で揚げないこと。ダシをたっぷりと吸っており、あっさりさと柔らかさをお楽しみいただけると思います」。

味の素株式会社 食品研究所 エグゼクティブスペシャリスト・川崎 寛也 氏

座長を務めた川崎 氏は「民俗学者・柳田邦男の『方言周圏論』には、中央で生まれた言葉が同心円状に伝播するとしています。例として、京都で生まれた言葉が青森と鹿児島で同じような言葉で残っているということが挙げられます。

京都の料理や調理技術もまた、同心円状で地方に広まりましたが、地方では、伝わってきた伝統を守ろうとします。しかし中央である京都では料理がどんどん変化し続けている。生存競争が激しいため、変化しないと生き残れないからです。遺伝子が爆発的に多様化したカンブリア紀を経て、適応したものだけが残るという生物の進化に似ています。

4名の飛龍頭からは、およそ100年の歴史の変化を感じられました。料理の進化を短期間に圧縮した様子を観察しているようだ」と評しました。

<白和え>

(写真/一番左)は、この日、急きょ登壇ができなくなった「菊乃井」村田 吉弘 氏に代わり、「魚三楼」荒木 稔雄 氏。白和えのレシピは「菊乃井」村田 吉弘 氏によるものです。
水切りした豆腐に練り胡麻を加えてから味付けしたものを衣にした、古典的な白和えです。ゼンマイ、赤こんにゃく、三度豆とそれぞれの食感が異なる具材を豆腐の衣がうまくつなぎます。和えてからすぐに食べると、口の中で四位一体の味わいが広がります。

(写真/奥、右から2番め)「瓢亭」高橋 義弘 氏は白和えの概念を大きく覆す、丸いかたちの白和えを考案。豆腐を使わずに豆腐らしさを出すため豆乳をベースにし、風味に影響を与えない寒天とアガーで固めています。具材はサツマイモ、椎茸、パプリカ、キンカンです。

(写真/奥、左から2番め)白和えは精進料理の考え方が基本とされていますが、「菊乃井」村田 知晴 氏は、あえて動物性素材を使った華やかなアレンジに。衣にマスカルポーネチーズ、マカダミアナッツペーストを使い、トリュフの香りを加えました。水切り豆腐も使っていますが、じつは1割程度だとか。具材は低温調理したホタテ、角状に切ったカリフラワーです。

(写真/一番右)「京料理 直心房 さいき」主人の才木 充氏の白和えは、具材がアンコウの肝、菜の花、ワラビ。パンチの効いた具材ですが、あくまで主役は「豆腐」だと語ります。

「魚三楼」九代目当主・荒木 稔雄 氏

「白和えは、昔は高級料理でした。山のほうにある地方では豆腐が貴重で、集落に1つだけある、豆腐を作る機械を村のみんなで使うという例もありました。あっさりしているというイメージがあるかと思いますが、意外と豆腐が主張する料理です」。

「瓢亭」15代目主人・高橋 義弘 氏

「白和えは、豆腐の香りを大切にする料理です。白和えは水分量が少ないと喉に引っかかりを感じるのですが、このような煮こごりはつるんとした食感ですので、暑い夏にも食べやすいと思いますよ」。

「菊乃井」村田 知晴 氏

「一般的な白和えは具材にしっかりと味をつけ、あっさりした豆腐の和え衣でまとった料理なので、ごはんのおかずになりにくく、日本酒が進むわけではありません。私はその逆で、和え衣にパンチをきかえて、具材にはほとんど味をつけていません。白ワインが進むと思います」。

「京料理 直心房 さいき」主人・才木 充氏

「昆布、カツオ出汁に、辛子と醤油を使った濃いめのダシを、ごく軽く水気を切った豆腐の上からかけて密封し、3日寝かせました。豆腐の水分を脱水させながら風味と塩分を含ませる手法です。これを裏漉しし、なめらかなソースのように仕上げています。ソースのようなしっかりとした和え衣なので、具材は野菜だけでは物足らない。そこで、ごま油でコンフィに仕立てたアンコウの肝を合わせて力強さを出しました。豆腐本来の美味しさを楽しんでいただくため、具材を和えるのではなく衣を上にかけています。

山崎英恵 教授/龍谷大学 食と農の総合研究所「食の嗜好研究センター」センター長・農学部 食品栄養学科山崎英恵 教授

座長を務めた山崎教授は「オーソドックスな白和えに続き、丸い見た目ながら味付けは基本を守られた高橋 義弘さん、見た目は白いけれど豆腐の量を控えめに抑えた知晴さん、動物性タンパク質と油でパンチをきかせていた才木さん。同じ白和えでも、世代によりこれほどに変化があるのだと驚きました。意外ながら、一番若い知晴さんが“和える” という手法を守っていたことが興味深かったです」と、評しました。

<前編>のレポートはここまで。プレゼンテーションの続きと、「したたかな京料理」のさらなる考察は<後編>にてご紹介します。