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絵本と食べ物のおはなし⑫『おんぶはこりごり』-ごはんをつくるのは誰?-

生駒 幸子

龍谷大学短期大学部准教授、博士(人間科学)

絵本と食べ物のおはなし⑫『おんぶはこりごり』-ごはんをつくるのは誰?-

生駒 幸子

龍谷大学短期大学部准教授、博士(人間科学)

絵本には、子どもたちが大好きな食べ物がたくさん登場します。一度食べてみたいと幼心に感じた人も多いのではないでしょうか。絵本研究者で龍谷大学短期大学部こども教育学科の准教授を務める生駒幸子先生に、絵本と食べ物の切っても切れない関係を語っていただきます。

<書籍データ>
おんぶはこりごり
作・絵:アンソニー・ブラウン
訳:藤本 朝巳
出版社:平凡社
出版年:2005年

<あらすじ>
ピゴットさんのおうちは絵に描いたように幸せそう。素敵な庭があり、ガレージがあり、かっこいい車だってある。そんな一家を支えているのがお母さん。パパや子どもたちの世話で毎日大忙し。ある日この生活にうんざりしたお母さんは家出をしてしまいます。残された家族はどうなるのでしょう。

「ジェンダーロール」というテーマが与えた衝撃

作者のアンソニー・ブラウンは、イギリス出身の絵本作家。『すきですゴリラ』(あかね書房、1985年/新装版2019年)と『どうぶつえん』(平凡社、2003年)で2度のケイト・グリーナウェイ賞(2023年からカーネギー画家賞に名称変更)に輝き、2000年には国際アンデルセン賞画家賞を受賞。国際的にも高い評価を得ている方です。この絵本作家が、1986年に出版した『おんぶはこりごり』(原題:”Piggybook”)は、私にとっても2つの衝撃を与えられた絵本でした。

1つは、この絵本が発表された1986年の時代背景です。当時は、まだ現在のようにジェンダー意識が醸成されておらず、イギリスでも「男性は外で働き、女性は家事をする」のが主流だった時代。そんな時代にこの作品が発表されたことへ驚きを隠せませんでした。

もう1つは、この絵本が日本で翻訳されたことです。イギリスで同書が発表されてから約20年後の2005年に翻訳版が国内で出版されますが、初めてこの絵本を読んだとき私は「こんな絵本出して混乱が起こらないか?」と思わず心配になってしまいました。日本のフェミニズムの歴史において、2000年代はバックラッシュ(ジェンダー・バックラッシュ)が起きた時代。女性の社会参加は進んだとはいえ、「家事は女性がするもの」という認識はまだ根強いものでした。当時、私は家事と育児を担う主婦と大学院生の二足のわらじを履いており、すごくスカッとした気分で読んだことを覚えています。ただし、時代的にはまだ受け入れられないだろうなと肌で感じていました。ジェンダー意識が浸透している現在だと「うん、あり」と、当然理解される絵本のテーマでしょう。

絵にしのばせた「ブタ」でメッセージを伝える

物語に登場するピゴットさんのおうちは、パパとサイモンとパトリックの2人の息子、そしてママの4人暮らし。毎朝、パパと2人の息子はお母さんに朝食の準備を当然のようにしてもらいます。3人が会社や学校に出掛けたあと、ママは朝食の後片付けやベッドメイク、掃除をして、ようやく自分の仕事に出かけます。
作者のアンソニー・ブラウンは言葉だけではなく絵で物語ることを得意とする作家です。このあたりの場面では、パパと息子たちは明るい色彩、それとは対照的にママのほうは暗い色彩で描かれています。表情についても、パパと息子たちは笑顔、一方、ママは表情が見えないアングルから描かれるなど。みなさんは、これらの絵からどのようなメッセージを読み取りますか?

物語の続きに戻りましょう。ある日の夕方、子どもたちが学校から帰ると、普段は「おかえり」というお母さんがいません。パパが「ママは、どこだ?」と聞いても返ってくる声はありません。暖炉の上には1枚の置き手紙。封筒の中には、「ぶたさんたちの おせわは もうこりごり!」。ママの家出宣言です。ママの置き手紙を持つパパの手は、もうブタになっています。
こうした生活が続いていくうちに、パパと2人の子どもがだんだんとブタになる様子を絵のところどころにしのばせています。絵には、ブタの形の貯金箱や花瓶、花柄ならぬ「ブタ柄」の壁紙、パパのスーツには豚のブローチが…。パパと息子たちの影もいつしかブタになっています。隠喩的描写も皮肉なほど上手ですね。

「手伝う」という表現に見える時代の限界

ママがいなくなってからパパと子どもたちの生活はてんてこまい。家に残されたパパが仕方なく作った料理はひどい味。皿洗いや洗濯もまともにできない男性たちの生活は上手く回らず、家はほんとうの豚小屋のようになってしまいます。「ママはいつ帰ってくるの?」。父子関係もすさんでしまい、豚になってしまった3人はついに床を這い回って食べ物を探すまでになります。そんな時、姿を現したママ。3人は背中を丸めて「おかえりなさいませ、おかあさま」と涙声で、ママの帰宅を喜びます。

絵本には、その後3人はママがしていた家事を「手伝う」ようになったと書かれています。現代の感覚でいうと家事は生活者として、家族の構成員それぞれが協力し合ってやるものですが、当時の状況を考えると「手伝う」という表現が限界だったのではないでしょうか。
それでも、繰り返しになりますが、私にとってこの絵本は衝撃だったことに変わりはありません。
以前、この連載で『300年まえから伝わる とびきりおいしいデザート』(エミリー・ジェンキンス 文、ソフィー・ブラッコール 絵、横山和江 訳、あすなろ書房、2016年)という絵本を紹介しました。この絵本はジェンダーロールをしのばせる形で描かれていますが、比べてこの『おんぶはこりごり』は直接的にメッセージを伝えています。そのメッセージは、イギリスで初版が出た1986年から30年近く経った今も色あせません。
さて、物語の最後。オーバーオールを身にまとった笑顔のママの頬が、少しすすけて黒く汚れているように見えます。いったいなぜでしょうか。答えは絵本に描かれています。ぜひ手に取って読んでみてくださいね。
 

<参考文献>
「食べものが描かれる絵本―異文化理解、暮らし、ジェンダーの視点から―」(『龍谷大學論集第500号・501号合併号』) 生駒幸子 龍谷大学龍谷學会 2004年
「国立国会図書館 月報756号」 国立国会図書館 2024年4月(p.14)

 

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